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【時間厳守】という言葉は、英語で【punctuality】パンクチュアリティ。 [punctum]というラテン語の【点】というのが語源のようである。 鍼・灸の【鍼】のことを[acupuncture]アキュパンクチャーというのも、 この【点】と関連あるのかもしれない。 つまり、どんぴしゃの時間=点 のこと。それ以前も以降もダメだ という、非常に厳しい条件下で、日本の乗り物業界は日々運行して いる、他国では類をみない優れものである。 しかし、考えてみればちょっと息苦しい気もする・・・ 日本は昔からそんな感覚を有している国民性だったのかというと、 どうも、そうではなさそうだ。 江戸時代の日本の時間単位は【一刻】という、だいたい、2時間前後 をひとつの単位にしていた。しかも時計というものが存在しなかった ので、【刻】を告げる鐘などで知るしかなかった。 明治時代にようやく時計が導入されたが、大正、昭和初期までは、 日本を訪れた欧米人が、日本の時間感覚の【遅さ】にイラついて いたという記録が少なくないようだ。 だから、このようなハイ・テンポになり出したのは、戦後のこと。 がむしゃらに、お国の復興と経済のために、働き蜂になっていく頃 からのようでである。 その頃の価値観は、物質的要素が何よりも重要であった。すべてを 戦争で失った大日本帝国としては、もっともなことである。 しかし、それはあくまでも生活の手段、生きていくための術(すべ) としての経済であり、物流であったはず。 それがいつしか、“手段が目的”へとすり替わってきたことで、 本当の満足感、幸福感というものを見失ってしまったようである。 より多くのお金を稼ぎ、より多くのモノを消費し、つまり国のGNP/ GDPを上げる政策のなかで、そのためにより多くの時間が必要 になってしまった。 しかし、時間には限りがある。 だからスピードを速めるしか方法がないのだと・・・ そこで、『ジャスト・イン・タイム』という別名『トヨタ生産方式』 という、自動車産業から生まれた新しい高効率の科学技術の登場が 見逃せない。【ムリ・ムラ・ムダ】を省くために。 そこには、【ゆとり】なんてあってはいけないのだと。 人間にはなぜ、交感神経と副交感神経という自律神経が働いて いるのだろうか? 生身の肉体、繊細な神経を、末永く長持ちさせるには、緊張と弛緩の バランスが大切だからである。 それは、社会機能においてもそこで働く人間においても、必要な バランスである。 そこから【ゆとり】を取り上げて、ひたすら馬車馬のように働く ようになった日本人が作りあげたものは【過労死】を生んでいく プロセスという、本末転倒の歪みが生じてしまった。 にもかかわらず、未だに価値基準は物質を最優先に追いかける生活 を送っている傾向が強いと感じる。だから、【Be】という人としての尊厳 が、薄れてしまうのではないだろうか。 前述したバンガロールのカウンセリング・センターでは、 毎日のように、Fr.ハンク氏から、 Who am I ? Am I my feelings ? Am I the same as I was ? と、『わたしって誰?』 などを問われ、自己存在価値を 取り戻しながら、再認識している。これも、自分と対面できる 時間があってこそである。 ハイ・テンポ : スロー・テンポ ファースト・フード : スロー・フード 時間厳守 : 時間帯厳守 を、時と場合に応じて、使い分けたい。 |
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