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<<   作成日時 : 2009/09/12 15:32   >>

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「子どもたちの盗みが絶えなくて、困っているんだよ・・・」

さまざまな生い立ちを抱えて入寮してくる、孤児や恵まれない
子どもたちをケアしている、教師でもあるインドの孤児院理事
チェティ氏が、食事をしながら唐突にじゃべり出した。


  それはきっと、ストレスからなのでしょうね。


細かい事情のわからないわたしが、せいぜい答えられる
範囲の言葉だった。

親の愛からかけ離れてやってきた子どもたちに、ストレスが
ないわけない。しかし、小さな盗みを見逃すと、次第に大きな
盗みに発展し、取り返しのつかないことになるのだと。

だから、できるだけ子どもたちと接し、根気よく話し合う。
ときどきではなく、毎日少しでも会話するようにしていると。


  盗みをすること自体に焦点を当てるのではなく、
  その奥に潜む “何か” に触れる必要がありますよね?


「そうなんだ・・・ だから人生とは、人の尊厳とは、
幸運を楽しむことの重要性などを、少しずつ
話していくんだよ。 時間はかかるがね」


  では、学校でもそんなことを教えているんですね?


「う〜ん。本来はもっとも重要なことなんだが、あまりにも
高度すぎて、誰もが理解できることじゃあないんだ。
だからステップ・バイ・ステップさ」


  しかし、日本より宗教的なインドなら、理解できるレベルは
  より深いですよね?


「そりゃそうなんだけど、逆の弊害もあるんだよ」


と、宗教よりも精神性(スピリチュアリティ)の高さが重要であること。
その最たるものが、宗教という名の下の 『チャリティ』 なのだという。


  は? なぜチャリティ・・・


インドという国は、ご存知のようにNGO大国である。
支援される側もする側も、国民総チャリティ文化の中で育っている。

チェティ氏が懸念しているのは、『する側』 の姿勢に問題アリなのだと。

宗教=神 ありき。この神の恩恵(God blessing)に与(あやか)りたいが
ゆえに、恵まれない人々に施しをする
例が少なくない。

本来は、

@援けたい対象の存在を知る
A何かしたいと思う
B実際に行動する
C結果、神の恩恵に与る


しかし、宗教大国なるがゆえに、Cから逆向きに進むケースが
とても多いと。だから、現場で子どもたちが何を望んでいる
のかは、二の次となる。


  これでは意図が違うだろう。


今までに寄付者をたくさん受け入れてきた施設で、
チェティ氏は常に彼らの意図をじっくり観察してきた。
もしその意図が、逆向きと見て取れた場合、

「ここの子どもたちは恵まれていますので、寄付は結構です」

と、断る場合もあるのだそう。


   なるほど、潔い。


これは、以前書いた、慈善と偽善の狭間であろう。
http://givinghands.at.webry.info/200807/article_7.html

つまり、「下心丸出しの慈善」を偽善とみなし、ここADFでは
そのような寄付は受け付けないという姿勢をとっている。

彼は敬虔なクリスチャンである。何も、信仰や『下心』ある慈善
を否定しているわけではない。無償の奉仕など、よほど高尚な
人物でない限り、はっきり言ってムリだともいう。


   では、何が問題か・・・


下心丸出しでも、ちゃんと対象である施される側の状況を
見ながら行動してほしい
、と。でないと、施される側の自立を
妨げることにも成りかねない。

つまり、みんな上(神)ばかり見ていて、下(対象者)を完全に
無視していると。彼らにとっては行為(Do)によって得られる
もの(Have)が重要であって、在り方(Be)は「自分への祝福」
という欲求なんだよ。

彼はこれを、スピリチュアル(精神性)という衣を着た
欺瞞(物質欲)だともいう。

これは、上司の評価を気にするセールスマンや、お上(行政)の
顔色をうかがう民間の国際援助機関(ODA)と似ている。

本当に使う人の立場を考えているのか。
真に援助国のニーズに応えているのか。

であれば、日本の政府のようにだれも通らないような
橋を、巨額の税金をかけて造らんだろうに。

要は、「ちゃんと下(民)を見て歩け」と。

画像

             Mr.Chetty


本日の仕事をひとしきり終え、ひとりで食事を摂っていたところに
通りかかったチェティ氏との、たわいもない雑談が、彼の苦悩と
わたし(日本人として)の課題が合体したような、神妙な話しになった。

日本人は特定の宗教を持たないように見える。

信仰とはいかに精神性を高められるかが大事であって、
神からの祝福(恩恵)をいかに受けるかに焦点を当てていると、
パラドックスが起こってくる。
だから、かえって日本人的 『曖昧』 信仰の方がいい場合もある。

これが、神社への参拝は “願い事をする” のではなく、
ご挨拶と感謝のために行くもの、といわれる所以であろう。


この、精神性を高めるという大義名分を隠れ蓑に、実は自己の
欲求を満たしている 『スピリチュアル・マテリアリズム
(精神の物質主義)』
こそが、欲望多き人間の、越えなければ
ならない永遠のテーマなのかもしれない。

チェティ氏曰く、施設の子どもの盗み同様、ストレス多き
現代人に、この高いハードルをいきなり越えろというのは
ムリがあると。


すべてステップ・バイ・ステップだ。


インドは今、雨期の終わりなのに、一昨日から初期のような
長雨が続いている。どうやら土星がトランジット(移動)した
その日から、天候が崩れているようだ。

2年半のテーマを終えた土星が、乙女座に課題を移したことで
天地がその調整をしているかのようである。

テーマが変われば天地も揺れる。まして、天地の狭間に在る
『人』の心身が乱れるのは、極、自然のことなのだろうと・・・

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