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zoom RSS 区別という名の『分離』  その6

<<   作成日時 : 2010/07/22 14:52   >>

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親の貧しさに負けそうだった子ども時代を過ごし、
自殺を考えるに至った男が、今では他人と一緒の
飯を食べて生活している、ノコムの理事長
シャクティベル氏に再会した。

今回は「身寄りのない高齢者の家」を見せてくれると。

常時30人ほどの高齢者が暮らすその住まいは、
まるで ニワトリ小屋 のようだった。

   ここは、人間の暮らすところではないですね

家畜以下の生活にショックを受け、ガイドに伝えた。

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「そうなんだ。ノコムは経済状態が豊かじゃないから
孤児院も老人ホームも、基本はレンタル施設だ。

しかし、誰も身元がわからない輩が集まる施設として
まして、どう汚く使われるかわからない高齢者になんか
貸そうとはしないのさ。

仕方ないから空き地だけ借りて、掘ったて小屋を
建てたというわけ」

いつ出て行ってくれと言われるかわからないからと
すぐ壊せるよう、最低限の材料で作られていた。

ここでも先週、2人の老人が亡くなったと聞かされた。

孤児院では、子どもたちに食事を施すことになっていた。
ここは建物自体を借りてはいるが、大家といつも闘って
いると聞く。決まってシャクティベルは大家に言う。

「いいですよ。他に我われを受け入れてくれるところが
あれば、いつだって出て行きますから


前回とは違うメンバーが加わっていた。
出産直後に夫に先立たれた、身寄りのない母子だった。

貧しかった当時のシャクティベルが、あのとき
命を絶っていたなら、今のノコムは存在していない

とすると、あの老人もこの未亡人も、そして多くの迷える
子どもたちも、とっくに命を失っていたかもしれない。

彼ら/彼女ら、そして子どもたちが直接受けるであろう、
誹謗・中傷、蔑みを、この理事長が盾になり
一手に引き受けている。

「人はなんのために生きるのか」ではなく、
人生になにを期待されて生きていくのか」と
アウシュビッツ収容所ででフランクル氏が気づいたように、
貧しいシャクティベルは、多くを人生から期待されている。

そこには、他人という区別からくる『分離志向』は、ない。

彼からみると、貧しい子どもや高齢者は、すべて過去
自分であり、未来の自分かもしれないと。

果たしてわたしに、親以外の30人もの病気を抱える
高齢者の面倒を看れるだろうか?

自分の子ども以外の、40人もの世話ができるか?

行政はもちろんのこと、周囲からの奇異の目と
非協力的な状況の中、すべての行動を自己責任の
下で行わなければならないなんて、想像を絶する。

   ではなぜ、彼にはできるのか?

それは、『』を覚悟した強みからだろう。


                     つづく

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