アクセスカウンタ

プロフィール

ブログ名
ギビング・ハンズ Official Blog
ブログ紹介
2007年3月からスタートしました、特定非営利活動法人 ギビング・ハンズ 
オフィシャル・ブログです。

このブログはおもに、ギビング・ハンズのスタッフや支援者が、インド・ネパールなどへ赴いた際の
活動報告や視察模様などを、写真アルバムを中心に皆様にお伝えさせていただく目的で作成しました。

できるだけ具体的な活動内容をお知らせすることで、皆様とともに意識を共有できればと思っております。
また、インド・ネパールの事情を知っていただくために、現地でのさまざまなエピソードも掲載していく予定
ですので、今後ともよろしくお願い致します。
help リーダーに追加 RSS

国民性と慣れ

2009/07/05 02:31
インド出張最終目的地のバンガロールに着いたら、風邪を
ひきそうになるほど涼しく、南インドとの温度差は格別だった。

今回、カウンセリング・センターのハンク氏と初めて外食をした
のだが、ハンク氏は毛糸のカーディンガンをまとっていたほどだ。

その翌日、日本に帰国するためデリーに戻ったら、なんと気温は


48℃!

外にでると熱風を吸い込むことになるので息苦しい。2005年の夏、
気温50℃に達したインドを経験しているが、こんな猛暑は久し振り。
言ってもしかたない言葉だが、『暑い、暑い』 を連発した。

同じ国内でここまで気温差があると、体調を一定に保つのにも
ちょっとした知恵がいる。移動前に次なる場所の気候を考慮した
衣装を身につけ持ち物も準備しておかないと、現場に着いて
慌ててスーツケースを開くことになる。

さらに熟知しておかなければならないのが、どんな乗り物で移動
するか、である。インドの一等車(電車)は確かに快適なのだが、
キンキンに冷房をきかせるため、完全防備で臨まないと、降りる
ときには鼻水が垂れることになる。

それは飛行機も同様だ。よく乗用しているエア・インディアの冷房
にはいつも悩まされているのだが、インド人が半袖でいるなか
日本人乗客はいっせいに長袖を着込み、毛布をかぶるという
現象も珍しくはない。

あるとき客室乗務員に「寒いから冷房を弱くしてくれ」と訴えたら、
「えぇ〜 寒いのか?」と驚かれた。そこで機内を指差し、多くの
日本人が冬支度をしている様を見てもらったら笑っていた。

その点、今回のフライトはJALだったので、機内温度も食事も
サービスもインドのそれとは違い、日本人仕様で大変快適な旅
となった。


しかし、ひとつだけ困ったことがある。


渡印は昨年のムンバイ・テロから自粛されているためか、エア・
インディアをはじめ、JALでも未だに乗機率はとても低かった。
ここまで続くと航空会社としては痛手だろうが、乗客としては狭い
椅子に何時間も座ることを考えると、毎回アームレストを上げて
横になれるので、ちょっとした睡眠時間に充てられる。

今回もガラガラだったので食事が終わり、就寝体勢に入ろうとした。
すると、なんだかいつもと雰囲気が違うのである。

辺りを見回すと、隣の席もそのまた隣も空いているというのに、
皆、窓に寄りかかったり、エア枕を首に回して座ったまま休んで
いるではないか!

うっそぉ〜 なんでガラガラなのに、空いている席を使わないの

ひとり二人ではない、少なくともわたしの周りにいた日本人は、寄り
かかり組みばかりだ。

こんなことはインド人乗客の多いエア・インディアでは在り得ないこと。
日本人って、こんな国民だった???

日本人気質を忘れてしまったようなわたしでも、自分だけで寝そべる
には気が引けたので、トイレに行くついでに機内を確認してみた。

すると、後ろのほうで空き席を使って横になっている人物(インド人
かもしれないが)が確認できた。

ホッとはしたが、これじゃあ帰りもそうなのかと、真面目で礼儀
正しい日本人は客室乗務員だけでいいと、なんとも自分勝手に
考えた。

しかして心配していた復路は、日本人が多かったにもかかわらず、
行きとは打って変わり、みんな横になっていたのである

ん〜 この変化はいったい・・・

行きの乗客とは違う人物にせよ、きっとこの日本人たちは数日間か
数年のインド滞在中に、わたしのようにインドナイズされたに違いない。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


日食 月食 So shock ! その2

2009/06/29 21:40
「まぁ 日本は太陽にも月にも支配されていない国だから
            少しくらい【日食】を眺めても問題ないでしょう」

これが単なる “気休め” だということは、しつこく質問するわたしに
少々投げやりになっている、占星術に精通したガイドの態度で
すぐわかった。

なんでも各国に当てはめた支配惑星というものがあるというコトを
打ち出した占星術家がいるようだ。もちろんこれは占星術の古典に
謳われているものではなく、あくまでも現代に当てはめ、後年編み
出された概念である。それによると

アメリカ  :欲望のラーフ
ヨーロッパ :戦い(植民地化)の火星
日本    :神秘的なケートゥ
インド   :神秘的なケートゥと富の金星(ヒマラヤ付近 :法則の木星)
 ※インドが物質と精神の両面をあわせ持つのが面白い

そして問題の太陽と月は

乾いた砂漠地域(アラビア諸国など)    :権力の太陽
氷の国(北極、カナダ、グリーンランドなど) :受容の月



なのだと。

この論理だけで、日本での日食観測=問題ナシ というのは
なんとも単純である。

実際、南インドの暦には、日食の注意点がこう記されている。

・前日日没前〜日食終了時間までは断食せよ
・以下のナクシャトラ(占星術で用いる月宿)を有する者は、
 その間プージャ(祈りを捧げる)を執り行なうこと
  プナルヴァス、プシャヤ、アーシュレーシャ、
  アヌラーダラー、U.バードラパダー

・農業での収穫量はマイナスになる
・国家間での争いが激しくなる
・邪悪な人びとはより苦悩し、低所得者はより苦しくなる
・ビジネスマンは特に要注意である


そこには、この日食によりダメージを強く受ける国々と地域までが
記載されていた。

また、北インドでは、日食、月食の日は決して外出してはならず
特に妊婦は厳禁なのだそう。外に出るのもはばかれるのに、まして
その日食そのものを凝視するなんて、インド人に言わせると狂気の沙汰
になるのだろうか。

もちろん近代化が進む ここインドで、これを守っている人が幾ばく
かは定かではないが、北インドの友人が言うには、しかたなく【蝕】
の日に外出しなければならない場合は、直接の影響をさけるために
サングラスをかけるのだと。

このような【蝕】の日には寺院もすべて閉ざされ、いっさい儀式も
行なわれず、ひたすら忌み嫌われている【蝕】が去るのを室内で
待つのだと。

北インド人は日食を月食より畏れ、南インド人はそれとは逆だとも
言っていた。心=月を非常に重要視する南インド人は、月のエネルギー
が失われる月食は、lunatic(心神喪失)になる
とされている。

一般的に占星術(あくまでもインド)的見解では、蝕でなくとも
黄道と白道が交差するポイント(ラーフとケートゥ軸)は【凶】と
されているのに、そこに魂(太陽)と心(月)がアサインされ、
強烈な影響を受けるのだから、精神に支障をきたすと考えるのが、
自然なのであろう。

まして今回の日食は、もともとの月の支配星座である蟹座で起こり、
深い意識を意味するケートゥ(南の交点)軸での蝕である。

感情的な水の星座である蟹座で、定座の月が魂の本質太陽と、
神秘的なケートゥにタイトに関わり、その上【理性】を司る水星もが
同室にあるという、二重三重もの【精神】にからんだコンビネーション
が形成されることになる。

これほど役者が勢ぞろいしていて、もし精神的安定を保っていられる
としたなら、それはそれで大したものである。もしくは、こんなレベルは
とっくに超えている、類い稀な聖者に他ならない。


5,000年以上も夜空の星たちを見つめてきた歴史を持つインド人に、
ようやく地動説を唱えたガリレオを宗教裁判で有罪としたことを、
前法王ヨハネ・パウロ2世が1992年、当時のバチカンの非を認め謝罪
したように、真実が真実と認められるのに後手後手な現代人の理論が、
敵うはずもなし。

画像


ちょうど帰りの飛行機でこれを書いているとき読んだ読売新聞に
「皆既日食の島 着々」という記事を見つけた。それによると
人口3倍の上陸なのだと・・・

まあ、『すべては心が作りだすもの』という観点からすれば、
“46年ぶりの楽しいイベント”とするか、“戦後同様のリセット”
とするかは、本人次第であろう。


戦前戦後がひとつの区切りだったように、何かが壊れなければ、
新しい時代は始まらない。戦後の東京の焼け野原をみて【終わった】
と思った人と、これからが【始まり(チャンス)】とみて、土地を買い
占めた人とでは、心持ちが天国と地獄だったように。


そして、事実


インド人は今回の日食のことより、あと三ヶ月未満の9月に訪れてしまう
土星のトランジットのコトで頭がいっぱい
なのである。

【蝕】の形成より、ラーフ・ケートゥ軸が移動するより、最大の関心事は
2年半ごとに星座を移動する【土星】くんのこと。

その重大な日は、土星神が祀られるインド最大の土星寺院 ティルナラール
に、約50万人は集まるであろう参拝者でごった返すのだという。

だから、ちょっとおとなしく室内で隠れていればいい【蝕】よりも、
強烈に次のテーマにアタックしてくる土星の対応に、今から
おおわらわなのである。

結論は、今回の日食で心が揺さぶられ、土星のトランジットで
人生テーマに変化が生じ、少なくとも今までの生き方を見つめ直す
最適な時期となるであろう。

そう考えると、新しい時代の幕開けのようで、なんだかわくわくしてくる。
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


日食 月食 So shock !

2009/06/27 17:38
画像


IN A SINGLE MONTH 3 ECLIPSES

On the 7th July lunar eclipse, on the 22nd July solar eclipse
and 6th Aug., again lunar eclipse.

It is very rare. It had happened so in the year 1945 that was a
period so many world countries started due to the after the end
of World War U. Within a month 3 eclipses indicated very big
dangerous, not only to the people of the world, but also to the
readers various nations and resource of the world.

By Bharatkyan - research center -

表題:1ヵ月以内に3つの【蝕】

7月7日の月食、7月22日の日食、そしてまた8月6日には月食がある。
これはとても稀なこと。多くの国々が第二次世界大戦終了を迎えた
1945年に起こって以来である。

1ヵ月以内に3回もの【蝕】があるということは、とても大きな危険
を示している。それは、世界中の人びとにだけではなく、さまざまな
国家のリーダーたちや世界中の資産に対しても。


画像


       ※左の写真は記事の内容と関係ありません

もっとも占星術が民の生活に根付いている、タミール・ナドゥ州の
新聞記事に載っていたこのコメントは、多くのことを物語っている。

7月22日は46年ぶりの皆既日食があると、日本では一種のお祭り騒ぎ
のようだが、ここインドでは、日食前日の日没前から日食が終了する
まで、人びとは断食し、神々に祈りを捧げる


上記の新聞記事にあるように、日食を挟む2回の月食とは、実際は
満月のことである。だから、占星学的には【蝕】と認識されていない。
当然、インドにあるパンチャンガ(占星術)カレンダーにも記されて
いない。

しかし、南インドのリサーチセンターBharatkyan 氏に言わせると、
46年ぶりどころか、戦後以来のとても要注意な【蝕】なのだと。


なぜか?


もともと太陽と月の意味するものは、魂の本質デリケートな心
相当する。その両惑星(実際は、恒星と衛星だが)が、黄道と白道の
交差するポイントで一直線になるので、地球に注がれるエネルギーが
掛け算した状態となる。

その影響たるや、尋常ではないのだと・・・

つづく
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


罠 その3

2009/06/26 11:47

人には誰しも、つい無意識にやってしまう行動パターンがある。
その人生脚本が描かれるのは3歳とも6歳ともいわれているが、
とにかく幼いころに筋書きされて人生ゲームがスタートする。

そのゲームにハマると、迷路のように身動きがとれなくなり、
同じパターンを繰り返し、結果、苦しむことになる。

そこから抜け出すには、まず自分がどんなゲームパターンを
持っているのか、気づくことからはじまる。

気づいたらあとは簡単、ゲームが始まったらブレーキをかけたり
違うやり方に変えてみるだけだ。

大切な点は、すぐにゲームをやめようとしたり、ハマっている
自分を責めて落ち込んだりしないことだ。

そんなことをしようものなら、また別のゲームが始まってしまう
だけで、かえって悪循環だからである。自然にゲームオーバーを
待つしかない。


そう、わたしのゲームのひとつは『正義のために闘う』ことだった。

人として、国として、○○としてモラル違反に触れようものなら、
とことん正してみたくなり、それを行動レベルにまで落とし込ん
でしまう傾向にある。

一見誰しもによくあるパターンで、ある意味、正義の味方的行動
と捉えられなくもない。

この行動自体に是も非もないのだが、問題はその裏に潜む
歪んだ心にある。

土台となっている心は「自分は正しく、他は間違っている」とも
言えなくはない。この自己の優位性のさらに奥には、
「信じられない、何考えてるの?」という、他への侮蔑と嫌悪が
入り混じっていることも否めない。

しかし本質を見れば、表向きは自己優位だが、自信のなさの
裏返しだろう。

このような歪んだ心の動きがなく、基本的に他のことを思っての
大義名分なら問題ないだろうし、100歩譲ってその“行動”に
対しての責め立てならまだ許せる。

しかし行き着く先は、モラル違反=人間として失格 くらいの
人格破壊に及ぶ怖れがあるから危険だ。


なぜなら、それは自己破壊に他ならない。


ある基準値を厳しく、高く掲げているほど、そうでない行動
パターンが許せなくなる。


だれを?


紛れもなく自分自身を、だ。基準値からはずれた自分を否定し、
そのマイナスを見たくないので、問題を心の奥に押し込める。
それ(できていない自分)ゆえ、ますます自信がなくなる。

しかしそれは、ただ隠しているだけなので、どこかでその投影が
働く。そう、これが心理学者ユングのいう、ペルソナ(仮面)と
シャドー(心の影)のプレディクション(投影)である。


だれに投影するのか?


もちろん、他人へだ。許せない自分を責めずに他を責めることで、
不安定な心のバランスを取ろうとする。しかし、これはあくまでも
【投影】なのだから、他人が自己の身代わりになっているに過ぎない。


これをやっているうちは、自分をいつまでたっても受け入れられず、
自己否定=他人否定の罠にハマっていくのだと。

人が自分の基準値からはずれたことをしていても、自分には直接
関係のないこと。行動の結果困るのはその本人であろうから、
怒ったり責め立てるのは、お門違いである。

人にはそれぞれのモノサシがあるのだから、こちらの基準で
測って一喜一憂することこそ、独り芝居である。

それに、力ずくで正さなくても、宇宙の秩序が自然にもどしてくれるもの
である。

以前からこのパターンに気づいて、ゲームを手放すことに務めて
きたのだが、どうもわたし(日本人)の基準値から大幅に逸脱して
くれるコトが多すぎるインドでは、眠っている大義名分がムクムクと
起きだしてきてしまう。

今回の事故も、久し振りの 【許せな〜い】 となった舞台である。

今にも戦闘態勢でエンジンをふかしていたのだが、警官の鶴の一声
で、あっという間に解決し、その日のうちに保険会社からタクシー
会社に連絡があり、なんと事故から3日後には車がミゴトに直って
いたのである!

今、その修理されたタクシーのなかでこれを書いている。


正月からゴミを出す人を「このアホ」と罵った人と同じことを
わたしもしてしまった。

怪我もなく大事に至らなかっただけでなく、このパターンに
戒めを与えてくれたことに感謝しながら帰路に着いた。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


罠 その2

2009/06/25 10:08

なぜ警察は早く来ないのか?
相手の車には保険が掛けられているのか?
タクシーの修理代はどうなるのか?
このわき見運転手は、こんな態度をずっと取るつもりなのか?


国が違うとトラブル処理も大きく違う。

いつも頼んでいるドライバーが都合悪く、今回のタクシー会社は
初めて使ったところである。ドライバーは綺麗な英語を話す
(普通は話せない)とても真摯な方だったので、一発で気に
入ってしまった。今後はここを使おうかと思ったのだが、
不運にも、初っ端からこれである。

タクシー会社のオーナーには、怪我の有無を聞かれ、他の車を
すぐ手配するから乗り換えるよう言われたが、もはや次元は
そういう問題ではなかった。

この不当な状況をナンとかすることに最大限意識を集中する
ことが、重要課題となっていた。

警察を呼んでから1時間経っても、それらしき車両は現れない。
そのうち周辺住民が外に椅子を出しはじめ、座れと促された。
さらにチャイまで出できたのである。

始終厳しい顔をしていた当のわき見運転手も、この待ち時間に
心がほぐれたのか、仲間と歓談するようになった。


まったくこんなときに、よく笑っていられるなぁ


と思ったが、気がついたらわたしのテンションも正常値になり
なんだか強がっているこのわき見運転手が可哀相になってきた。

わたしがどんなに訴えても(終いにはガイドが通訳してくれた)
いっさいこちらを向かず、腕を組んでムッとしていた彼だが、
ここまで強気で自己非を否定するほど、何か守らなければ
ならないものでもあるのだろう。

物理的な金銭なのか、内面のプライドなのか・・・

すると、ごく普通のお兄ちゃんが、普通の衣装をまとって、
これまた普通の50ccバイクに乗ってやってきた。

なにやら皆と話している。
その間、5分ほどだった。

そして、その場の空気が【終わった】ことを示していた。
ガイドもドライバーもタクシーに乗り込み、チャイを飲んでる
わたしも乗るよう合図された。


え! もう終了?

インドのことだから夜までかかると覚悟していたのに、
拍子抜けしてしまった。

あのお兄ちゃん、もしかして警官なのか?
にしも、5分でなにが起こったのか。

ガイド曰く、あの私服(?)警官が双方の言い分を聞き、
目撃者の証言も聞いて、100% 相手に非があると判断したという。

なのでわき見運転手だけ警察署に赴き、我われは解放された
というわけだ。あれだけ争っていたのに調書も取らず、相手も
あっさりそれを認め、たった5分で済んでしまうことに驚いた。

警察の権威がそれだけ強いということなのか、単なる習慣なのか・・・
ともあれ、1〜2時間のタイムロスで済んだので、こちらとしては
ずいぶん助かった。

開けるたびにきしむドアのタクシーに乗り込み、ジェットコースター
のようだったこの状況を、しばし振り返ってみることにした。


あぁぁぁ また【罠】にハマってしまった・・・・・・・


そう、『正義のために闘う』という大義名分に!


つづく・・・


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


2009/06/24 18:10
「もう〜 わたしの貴重な時間、返してよぉ!!」

久し振りに怒鳴ってしまった。

テンションが頭頂に集中しているのを観察しているもうひとりの
自分が「まぁ、まぁ、まぁ 落ち着いて・・・」と、諭している。

インドに通って長年になるが、初めて警察を呼ぶことになった。

理由は、交通事故処理のために。


前の用事が長引いてしまい、次の約束がだいぶ遅れていることを
電話で先方にわび、急いで車を走らせている直後であった。

対向車線を走る小型トラックが、荷物を満載した上、乗車オーバーの
人足を荷台と屋根に載せながら、こちらに向かって突進してきた。


えっ このトラックの運転手、前 見てないよ・・・


同じように危険を感じたこちらのタクシードライバーが、
左側に避けようとしたが、路肩が工事中でこれ以上に寄れ
ない状況にあった。

その瞬間、ガ、ガ、ガ、ガーン!!!!


相手の運転手がこちらの車に気づいたときには“時”すでに遅し。
ハンドルを思いっきり切っていたが、間に合わず、こちらの車
の側面を引っかいていった。急ブレーキが踏まれ、双方の車両は
道路わきに停められた。


うっそでしょ! この急いでいるときに、こんな足止めとは・・・


タクシードライバーとガイドは外に出るや否や、もの凄い剣幕で
相手の運転手に言及していた。


そう、誰が見てもわき見をしていた対向車に非がある。
外にいた周辺民家の住人も目撃しており、こちらの車に突進して
いく様をハラハラしながら見ていたというのだから、過失比は
どうみても100:0である。

し・か・し

そのわき見運転手は、平然と自分の正当性を訴え、いっさい悪びれた
様子もなく、そっちが避けないからいけないんだと言い張ってきた。

地元の言葉で言い合っているので、わたしにはまったく理解できな
かったが、その雰囲気からして怪し〜い空気を感じとった。


今までもインドでこのような接触事故がなかったわけではない。
対向してきた大型バスが猛スピードで走ってきて、こちらの車の
ドアミラーを吹き飛ばしていったことや、バッファローが突進して
きてボンネットに一撃を加え、何ごともなかったかのように
道路を横断していったことなど。

その都度車両にダメージを被ったが、不可抗力やお互い様という
暗黙の了解で話し合いもせず、そのまま走り去っていたのだが、
今回はちょっと状況が違う。

この完全過失を平然と跳ね除けようとする輩を目の当たりにして
こんなことまでインドではまかり通ってしまうのか? と、この
初体験を、ドキドキしながら観察してみた。

しかし、どうしても我慢できず、英語が通じないであろうことは
承知だったが、相手の非を責める言葉をまくし立ててしまった。

わたしが怒鳴ってもどうにもならないことはわかっていたが、
このようなあまりにも理不尽な対応では、タクシードライバーの
立つ瀬がないではないか。

法律などあってないような国だと認識しているので、このまま
泣き寝入りなどあってはならないと、闘いに挑むことにした。

この【許せない】という思いが、次の約束や時間のことなど
遥か彼方に追いやってしまった。


たとえ日が暮れようと、これが解決するまでとことん闘う
つもりだった。


つづく・・・
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


老後の楽しみ

2009/06/19 20:43

「ねじりのポースはこうするのだよ」

と、ヨーガ・テラピーの真っ最中に飛び入りで、ポーズをとって
見せたのは、ここナチュロパティー病院のオーナーである。

この方は、毎朝6時からはじまるメニューであるヨーガ・テラピー中、
いつも外で、まだ未完成である施設の整備をしている。

今年の2月にオープンしたばかりの病院にはまだ患者数が少なく、
ナチュロパティー最大の治療法であるヨーガ・テラピー参加者も片手で
数える程度なので、ヨーガは今のところ青空の下で行なわれている。

将来は300人規模のヨーガ・テラピーができるであろう施設を今、建設中だ。

そう、この病院自体まだ建設の途上。最低限の設備が整えば当たり前の
ように診療施設をオープンする気楽さが、超合理的なインドらしい。

わたしが入院する前日まで、病棟部屋にはカーテンすらなく、チェックしに
行ったわたしのガイドが唖然としていたものである。むろん、すべてが
オープンな彼らの感覚では、“カーテンくらいなくて何が問題なの?”
であろうが、日本人的感覚を有しているガイドにとっては、後ずさりもの
だったと報告されてきた。

外国人患者など迎えたことのないこの施設では、何が不十分で何が問題か
など、知るはずもない。

ここのオーナーとドクター、そしてわたしは、以前お世話になった
ラジャスターン州にあるナチュロパティ病院の医者と患者という縁である。

オーナーは6年前からこの新しい病院を建てるべく計画を練り、土地を
購入し、今年ようやく施設を建設してドクターを引き抜き、治療をスタート
させたのだという。


さて、その目的は?


ずばり、チャリティーである。


1億円ほどかけて整えた施設は、老人や貧しい方々のために適切な
自然医療を施したいという想いからである。



ここでの宿泊費、治療代はもちろん患者持ちだが、申し訳ないほど小額で
とてもテラピストとドクターに給料を支払って運営費が賄える金額ではない。

施術を受ける側の日本人としてはこの代金では、とても恐縮してしまい、
施術後にお礼(チップ)を思いっきり渡すことで、ようやくホッとできる
ほどである。

ということは、受ける側のインド人は、たとえ貧しくてもリッパな治療が
施されるのでありがたい反面、、その分運営側の負担が大きくなる。

しかし、そこは前述したとおり、目的が【奉仕】活動なのだから、オーナー
としては、このような奉仕ができればできるほど、嬉しい限りである。

銀行マンから脱サラし、工場ビジネスを立ち上げ大成功したこのオーナーは、
子どもたちを結婚させ役割りを終えた後、蓄えた財を他への奉仕に充てる
ことにしたのだという。

首都ニューデリーから20kmほど離れた国道沿いに建設された病院であるが、
病棟は奥まったところにあるため道路沿いの敷地はまだ空き地のままである。

そのため、様々な業者がその空き地に店舗を出したいからと、土地賃借の
話しを持ってくるのだという。また300人規模のヨーガ・テラピー施設は
一時的に結婚式会場として貸してほしいという引き合いもあると。

普通に考えると、病院側で採算がとれないのなら、他で収益をあげて収支
バランスを整えそうなものだが、このオーナーはあくまでもすべての活動を
【チャリティ】に徹しているため、このような商売での引き合いは一切断って
いるという。

そう、ただオーナーはやりたいことをやっているだけなのである。そこには
ルールも、損益勘定も「やってあげた」という傲慢さも、オーナーだから
という権力欲なども、微塵も感じられない。

だから早朝から一緒に建設現場で仕事をこなし、ときどき気になる
ヨーガ・テラピーに口を出しながら、奥さんは自由気ままにわたしたちと
一緒に、裸の友として施術を受けている。


いいな〜 こういう老後生活


ここでは施す側も受ける側も、双方の望みがマッチするという、いい感じ
が生じている。

はじめ、もっと多くの外国人を受け入れるには、サービスや施術の方法
を変える必要があるのではないかと、ドクターやオーナーに提言しようと
思ったが、外国人を受け入れる→より利益が上がるという構図は、
ここの病院には必要ないことだと理解した。

ここでの施術を望む場合は、外国人側で合わせる他ないのだと。

だから、全身の泥パック後のシャワーが、腰の位置にある水道の蛇口の下に
もぐりこんで浴びなければならないのも、全身のオイルマッサージ後に
身体に残ったオイルを洗い落とすどころか、まったく拭かずに衣類を着なければ
ならないのも、これがインド流だとあきらめ慣れなくてはならないと、
何度も言い聞かせながらやり過ごすことにした。

患者側も最低限の治療代で受けられるのだから多くは望まないし、
施術側もお客さん扱いなどしない。

わたしから言わせれば、毎朝ドクターの診察を受け、個々に合った
トリートメントと食事のメニューが決められ、それもその患者の入院期間に
あった完成されたプログラムを作ってくれるので、このオリジナルな治療
そのものなど、至れり尽くせりである。

それを思えば、多少のインド流サプライズなど、取るに足りないことである。
溜まりに溜まったわたしの毒素をもらい受けてくれるかわりに、活力を
いただけるのだから、感謝以外の何ものでもない。

今度こそ、毎年必ず施術を受けることをドクターに約束し、アッという間の
入院生活をあとにすることにした。

これから毎日また激動の生活が待っていることに意識を切り替えつつ・・・

画像

ドクターとオーナー夫妻



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


復活! by ナチュロパティ

2009/06/17 15:13

ほぼ病人と化したように、丸4日間、治療以外はベッドで寝続けた。
インドに来てすぐ、ナチュロパティ(自然療法)病院への入院生活に入った。
3日目からは完全な水だけの断食となり、毎日昏睡状態もどきとなった。


3年前に初めてこの療法に出会い、たったの10日間で心身の毒素を排出し、
その後1年間、パワー全開の活動ができるほどになった経験がある。

自然にあるもの(水、泥、太陽、野菜と果物)だけのトリートメント(治療)
で、ここまで元気になるものかと、いたく感動したものである。

そのときは毎年定期的に入院しようと決意したものの、諸事情で今に至って
しまった。ようやくこれた今回の入院期間は8日間、本日で終了。

前回より期間が短いので強烈な【水だけ断食】を取り入れることになった。
この間、まともにチャパティ(日本ではご飯に相当)を摂れたのは、初日と
最後の今日だけ。


結果、ミゴトに復活しました!


しばらくブログも更新できないほどの激務で疲労困憊していたが、
これからまた活動を、徐々に開始していく予定。


現在、GHI(ギビング・ハンズ・インド)スタッフである、Mr.Nitin が
ナチュロパティのドクターになるべく邁進している。

今回のわたしの入院中の食事やヨーガ指導にも施術側として加わり、
今後GHが目指している、持続可能な心身の健康を子どもたちに
提供するプロモーション活動に貢献してくれるだろうと期待している。


わたし以外の入院患者の多くは、西洋の医者から見放された病を持つ
患者が目立つ。彼らが最後にここにたどりつくときには、病も悪化して
いるというが、その後の回復はミゴトなものである。


インシュリンを打っている糖尿病患者は3週間で、インシュリンなしの正常値
寝たきりで歩けなかった方は、約1年で階段もひょいひょい



など、聞けば奇跡は山ほど・・・

浄化で入院しているわたしのような者と、不治の病だといわれた者
との治療が、ほぼ同じメニューというのだから、心身の浄化を怠たる
延長先が、重い病に至るという証明であろう。

自然の力は偉大であると、あらためて、古代人が自然を神と仰いだ
気持ちが、少し理解できるような気がする。

画像






記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


レモン塩水

2009/05/20 16:49
6月9日出発 インド行きフライト・チケットを予約した。

日本にいると、世界情勢の情報に偏りが生じるので、
インド滞在中の友人に、豚インフルエンザに関する
インド状況を聞いてみた。

「インドでは流行ってないよ。それにそんなものは
レモン塩水でも飲んでおれば大丈夫

!!!

そんな単純なものかなぁ〜 と伝えてきた友人さえ首を
傾げる言葉を放った相手は、毒を飲んでも平気だといわれる
ヒマラヤ・ヨーギー(ヨガ行者)だった。

要は、殺菌すればいいのだと?

6月のインドといえば、気温が50度近くまで上る猛暑
期間である。インフルエンザのほうが逃げていくこと
は間違いない。

報道に踊らされず、曇りのない眼(まなこ)→ 昨日
「もののけ姫」を観た
でモノゴトを判断したいものである。

記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


地球ひろば

2009/05/20 16:02
NGOクワトロ 共催イベント 「心のバランス」講座 無事終了

広尾駅から歩いてすぐのところに、地球の問題を考えている
「ひろば」がある。

我らみな地球人 「earthian」
この意識こそ、

マヤの諺である【イン・ラケチ】
「わたしは、もうひとりのあなた自身である」

を物語る。

心のバランスとは、自分と対極にある心の持ち方こそ、
自分自身の心の安定、バランスを整えることに他ならない。

物理的には、地球の反対側にいる人びとに目を向けることも
ひとつの方法ではないだろうか。

画像


講座にご参加くださった皆様方の参加費は、諸経費を除いた全額、
ギビング・ハンズのチャリティ活動に寄付いたしました。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


子どもの夢

2009/05/18 18:07
小学生の頃によく書かされる「将来の夢」。

わたしの時代はというと、パイロット、医者、警察官など、
TVドラマに出てくるような、カッコいい職業の影響が
目立ったように記憶する。

今の子どもたちがどんな目標を持っているのか、子どものいない
わたしには想像できないが、インド・ネパールの子どもたちの
目標は「世のなかの役に立つ職業」という観点から選ばれる
ように思える。

ネパール チベッタン・ラマの学校の年間報告書の翻訳が完成した。
その中の生徒の文面の一部を掲載します。


私の生涯の目標

私はグレート・コンパッション寄宿学校ポカラ校の生徒です。
私たちはみな生涯の目標を持っています。高い目標を持っている人
もいれば、素朴な目標を持っている人もいます。

私は生徒で、素朴な目標を持っています。私の目標は立派な
医者になって私の国に尽くすことです。
私は自分の目標を果たしたいですし、果たせるよう努力します。

私は学校程度を修了したら、出願して医学を勉強するつもりです。
私は経験をたくさん積んで多額のお金を集めてから、私の小さな村に
帰って、貧しく無学な村の人たちに尽くします。そのために診療所を
開いて、地元の人たちのために無料で治療するのです。

これと並んで、村を回って村の人たちに保健と衛生の大切さについて教えます。
私は村の人たちに身の回りを清潔に保ち、清潔な水を飲み、新鮮な果物を
食べるよう勧めます。私は村の人たちに予防が治療にまさることを教えます。

村の人たちが村を清潔に保てば、病気を患うことが少なくなるでしょう。
病気になる人たちは私の診療所で治療します。

私たちの村はヒマラヤ地方にあり、病院は少ない方です。ですから
病気になったら私の診療所に来て、問題があったら私が解決できるでしょう。
私は診療所では健康診断料を請求せず、ただ薬代だけもらうつもりです。

これと並んで、裕福な人々から寄付を請うてから、私の小さな診療所を
病院にするつもりです。

これが私の素朴な目標です。今後私の目標に対して何が起こるか
わかりません。しかし目標を達成するために最善を尽くすつもりです。

第6学年
テンジン・ラクパ


いつも無料で診察を受けている恩返しだとしても、動機がはっきりしていて、
将来の活動も明確。こんな子どもたちを応援できることに感謝するとともに、
何かが失われつつある日本の子どもたちの応援活動も、もっと真摯に
取り組んでいかなければと考えさせられた。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【人ごと】でない危険

2009/05/10 19:30
アエロメヒコ 057便 成田14:55発 ティファナ経由 メキシコシティ

昨年から計画していたメキシコ行きのチケットを予約するため、
情報を整理し、翌日エージェントに問い合わせを入れようと準備
していたその夜、隣の部屋から流れるニュースに耳をそばだてた。

豚インフルエンザ メキシコ発

鳥の次は豚ですか・・・
何もよりによって、メキシコ発じゃなくてもいいのになぁ

と、はじめは俯瞰しながら、計画を中断するつもりはサラサラなく、
現地事情に、より詳しい方からの情報を集めることにした。

しかし、行く気満々のわたしの姿勢を見ていた家族からの意外な反応
があった。当然のことながら「行かない方がいいよ〜」という反対意見。

わたしがインド滞在中テロが起ころうが、津波に遭おうが知らんぷり
だった者が、今回だけは違った。


この連休中、日本からインドに行った友人に渡航状況を尋ねてみた。
いつもはチケットキャンセル待ちの連休にもかかわらず、飛行機は
ガラガラでインド入国時には、インフルエンザ・チェックもされたのだと。

何が起こってもノープロブレムのインドでさえ、検査をしている
ことに、友人も思わず笑ってしまったという。

そして日に日に報道は過激になり、フェーズ5?6? だと。
これはどうやら尋常ではないようだ。

確かに津波やテロに遭って害を被るのは本人だけであるが、ウィルス
感染の巻き込み被害は、甚だ激しいものとなる。

さすがにテロには無頓着の家族も、被害幅が予測できないインフルエンザ
に関しては、どうやら 【人ごと】 ではないようだった。

わたしを筆頭に人というのは、自分にも被害が及ぶかもしれないこと
に関しては、マスクが売れ切れんばかりの真剣さなのだが、遠い国
での自然災害やテロ被害には、やはり【人ごと】に留まるという悲しい
習性があるのだと痛感した。

報道からしか伝わってこない情報では、その伝え方如何によって
拡大・縮小解釈は否めない。

6月のインド渡航の準備をしながら、今は出来るだけ客観的な情報を
集め、メキシコ行きはしばらく様子をみることにした。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【刺激】という麻薬

2009/05/08 03:06
「毎回、もう電話してこないでって言っているのに、
              どうしてわからないのかしら・・・」

不思議がる女性と、邪険にされても懲りない男。
なぜ人は、好ましい関係が成立していないのに、その関係性を
保ち続けるのか。

それは、なんでもいいから【刺激】が必要だからだ。

このような刺激のことを、交流分析ではストロークと言う。
不安を抱えているとき、このストロークによって安定しようとする。

子どもはひとりでは不安で生きていけないから、親に支えられ
ながら成長する。子どもの不安を解決する最高のストロークは、
親からの愛や信頼、承認などである。

そのような刺激をプラスのストロークだとすると、ストロークが
得られない(愛や信頼を受けられない)場合は、マイナスでも
いいからストロークを求める。

マイナス・ストロークとは、“叱られる、罵られる、暴力” などだ。
プラスの刺激は嬉しいが、こんなマイナス刺激などできれば
避けたいものである。

しかし、無意識にこの刺激を受ける環境を作り出してしまい、
わざと親に叱られることをしたり、恋人に罵られても、別れられ
ないでいる。


なぜか。


無視されるという、なんのストローク(刺激)もない→【ディスカウント】
より、マイナスでもいいから刺激を求めて安定しようとするから。


だから、好きな女性に罵られようと、嫌いだと言われようと、
コンタクトが取れていることに満足するのである。

それらの刺激を人間関係で成立させられない場合は、他のもので
代替えしようとする。

つまり自分に不利益だとわかっていても、刺激あるもの(ジャンクな情報や
ゲーム、飲酒や薬物等)を求めて、不安を埋めようとする。


インドの多くのストリート・チルドレンは、ゴミ拾いをしながら生計を
立てているが、得た収入のほとんどはタバコやジャンクな飲食で
消えてしまうという。

たくさんのNGOが、親の保護が受けられないストリート・チルドレン
のために、避難所(住まい)を無償で提供している。

そこでは温かい食事と、雨風防げるシェルターがあるにもかかわらず
彼らはそこに一時的に寄るだけで、長くは居つかないという。

なぜなら、本来の家庭的な温もりや親の愛は得られないから、
その不安を埋めるために他の刺激物で補う必要がある。

しかし、避難所にいる間は未成年の子どもに酒・タバコは許されない。
しかたなく、外に出て行くしかないという悪循環をくり返す。

どこかでこの負のスパイラルを抜け出せないものかと、現地NGOは
試行錯誤しながら子どもたちと接している。

画像


ギビング・ハンズがメインで支援しているインドの施設ADF
では、毎年多くのストリート・チルドレンを引き取り、メンタルケア
をしながら子どもたちの生活をサポートしている。

われわれ日本人も、多くの刺激物(情報という)に囲まれて生きる
不安定さを抱えている。早くマイナス・ストロークからプラスのストローク
へと移行し、最終的にはナンの刺激がない中でも幸福でいられる
聖者のような境地に至りたいものである。






記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【権利と義務】

2009/05/05 15:04
画像


この時期、支援している施設や学校から、年間報告が届きはじめた。

支援を受ける【権利】を得ると同時に、活動報告という
【義務】が発生する。

どんなものにも “権利と義務” はセットである。
どちらか一方になると、バランスが崩れる。

これは特別なことでもなく、世のなかの秩序である。

代価を払うことでサービスやモノを得る。
親に育ててもらったので、老後のケアをする。
自己主張する替わりに責任も伴なう。
国民代表の政治家という権利を得たら、民を守る義務がある。
自然からの恩恵を得たら、それを無駄にしないという無言の感謝が生じる。


この絶妙なバランスは、以前は当然のごとく成立していたのだろうが、
今は、あちこちで権利だけ主張し、義務は知らんぷりという傾向が目立ち、
何かが狂いはじめている気がする。

地震、津波、豚インフルエンザ、テロ、経済崩壊、国家破産など
狂った秩序を元にもどすための自浄作用が起こっているように思える。


ギビング・ハンズ Japan も、2008年度の活動報告と決算報告の
手続きを、ただ今進めております。

追ってHP上でご報告させていただきますので、今後ともよろしく
お願い申し上げます。





記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


「そのまんまでいい」 その2

2009/04/27 00:49
「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。
周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。
人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、
自分独りで生きていると思っている」


                「奇跡のリンゴ」木村秋則 著

木村さんの体験談によると、無農薬のリンゴに実がならないのは、
木につく虫や病気のせいだと思い、化学的な農薬を使用しない
替わりに、酢やわさびなどを木に塗り病気を防ごうとしていたと。

精魂込めて、すべてをやり尽くしたが、8年間結果が出ず、
あきらめた木村さんの出した答えは【死】であった。
死に場所を探しに登った山の中に、ナンの手入れもしていない
のに、ミゴトな葉をつけているドングリの木を見つけた。

森の木々は、農薬など必要としない。雑草が生え放題で、地面は
足が沈むくらいふかふかである。つまり自然と一体化した中で
育っているのだ。なぜそのことに気づかなかったのかと、死ぬ
ことも忘れた木村さんは、一目散に山を駆け下り、土作りから
やり直し、とうとう無農薬のリンゴを作り上げた偉大な方である。

どうしても表面に出ている症状だけで判断してしまう癖を人間は
持っているようである。

皮膚に湿疹がでたら薬を塗り、熱が出たら解熱剤で下げると。
消費の滞りには一時金を配り、消費を促すと。

全体を観察せず一部しか見ないやり方は、そろそろ卒業する
必要があるのかもしれない。


ずいぶん昔、こんな記事を読んだことがある。

人間の運命は結局「星」が決める!?――天文学者の持論に賛否両論

王立天文学協会のメンバーで、天文学の専門家としても名高い
パーシー・シーモア博士が、自ら著した「The Scientific Proof of Astrology」
の中で、人間と惑星の間には何らかの関係があり、人間の運命は結局星に
よって決まっているという持論を展開。

これまで非科学的と否定されてきた占星学者らからは歓迎される一方、
同じ天文学者らからは批判の声があがっている様子が伝えられた。


古代の賢者たちは占星学も天文学も医学も、み〜んな一緒に学んでいた。
だからこんな論争は皆無だったに違いない。しかし今ではそれぞれが
独立した学問としているため、整合性が取れなくなっているのだろう。

俗にいう複雑系になりすぎて、全体が見えなくなっている。
何も切り離さないで、まるごと【そのまんま】が一番シンプルでいい。

結局、故 福岡正信氏の農法には、その真髄がある。
【無】というシリーズ本で氏の想いが綴られているが、それを実現させて
いる方が、いったいどれほどいるのだろうか・・・・
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「そのまんまでいい」 その1

2009/04/16 01:44
「この農法だと、素人でもプロの農家以上の収穫をあげられる」

自然農法の第一人者、福岡正信氏の言葉。

自然農法とは、不耕起(耕さない)、不除草(除草しない)、
不施肥(肥料を与えない)、無農薬(農薬を使用しない)を特徴
とする農法。肥料や農薬を使用する従来農法(有機農法も含む)と
異なり、基本的に播種と収穫以外の作業を行わず、自然に任せた
栽培を行うことである。


福岡氏の著書「わら一本の革命」を読んだのは、20年ほど前。

今ではすっかり内容を忘れてしまったが、この本を熱心に薦めて
くれた友人が、愛媛の福岡農園を訪ねるために連絡をとっていた
のは覚えている。

弟子入りを考えていた友人は、それが不可能だと知り、ひどく
ガッカリしていたことは鮮明な記憶である。

なぜ直接の受け入れをしなくなったかの理由を、その友人から
聞かされたとき、納得するものがあった。

いままで多くの農民たちが福岡氏から自然農法を学び、持ち帰り
自分の農場で実践するが、どうやらうまくいかないのだという。


なぜか。


『何もしなくても今まで以上の収穫量が望める=楽して儲かる』

という精神が根本にあるのではないか、と。

そのように考える人たちにいくら方法論だけ伝えても、全体をとらえて
こそ氏の提言する自然農法が成立するのであろう。

今でこそ当たり前になっている【波動測定装置】も、アメリカからやってきた
当時は、操作する人間によって作動したりしなかったりだったと聞く。
つまり、【波動】などという目に見えない存在を受け入れられない方に
触れられても、装置は反応してくれないということだ。

少なくとも20年前の福岡農園受け入れ状況は、そんな感じだった。
その後、何回となく福岡正信氏の名前を耳にすることはあったが、
それ以上でも以下でもなかった。

そして、最近、青森の木村秋則氏の「奇跡のリンゴ」を読んだとき、
木村氏が8年間かけて成功した無農薬りんご栽培のきっかけが
福岡正信氏の本であったことを知った。

つづく・・・
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ラマ 砂曼荼羅ヨーロッパ遠征

2009/04/06 03:41
画像


「曼荼羅」ないし「曼陀羅」は、サンスクリット語の音を
漢字で表わしたもので、マンダルは「本質、真髄、エッセンス」
などの意味を表わし、ラは「もつ」の意であって、マンダラとは
「本質をもつもの」の意だとする。

また、マンダラには形容詞で「丸い」という意味があり、
円は完全・円満などの意味もある。

インドでは諸神を招く時、土壇上に円形または方形の魔方陣、
マンダラを色砂で描いて秘術を行う。色砂で土壇上に描くため、
古い物は残っていないが、チベット仏教などでは今でも修行の
一環として儀式、祭礼を行う時
に描かれる。

                     by ウィキペディア


つまり、僧侶は瞑想において本質を探求する道具として用い、
土壇上に描けば、魔よけ(完成されていないスキ間に魔がさす)
として役立つのだと。

また、心理学者ユングは、フロイトとの決別により精神不安定になり、
自己分析にと浮かんだイメージを書きとめていた。そのときの安定時
に、丸い絵を描いていたことが、後年、曼荼羅に似ていると発見した。

このように人は、完成された丸い、意味ある模様を観る、描く、
身近に置くことで、『安定』が得られるようである。


その原理は、自身の行為にも当てはまる。

未完了にしてあるもの(中途半端なもの)が積み重なると、
人は精神不安定になり、常に緊張状態で、モノゴトの進み具合に
支障をきたすのだと、脳科学分野ではいわれている。

未完了を 一つひとつ完了させてこそ、次へのステップに移行
できるというもの。しかし、不安という罠が【曖昧】にしておく
という保険を作り出してしまう。だからますます不安定になる。

この負のスパイラルを抜け出すには、勇気を持って【完了】して
いくしかないようだ。その乗り物に、このマンダラが優れて
いるのだと。

画像


GHが支援しているネパールの学校、GCBSの校長でもある
ラマ・ガワンが、毎年恒例の『砂曼荼羅』デモンストレーション
のため、ヨーロッパへ赴くという情報が届いた。

本来、これだけの曼荼羅を描くには5、6人のラマで共作する
のだが、うちのラマは【子どもたちの学校資金調達】が目的
なので、経費節減のため1人で1週間近くかけて催す。

5月10日〜16日:スイス
6月15日〜19日:オーストリア

この間、ヨーロッパへ行かれる機会がある方で、ご興味あれば
是非、足を伸ばしてラマの砂曼荼羅の恩恵をお受けください。

Programs of Lama Ngawang Kunga visits to Europe 2009/10

Date Programs

5th May
Arrival at Zurich Airport, Switzerland

10th-16th May
Mandala at Ziegelbrucke as invited by Mr. Robert Jenny, Switzerland

18th May
Departure for London, England. Lama Ngawang will stay
about 25 days in London as invited by Mrs. Regine Wiessler.

12th June
Return from London, England to Switzerland

13th June
Dissolution of Mandala made at Ziegelbrucke, Switzerland.

11th July
Visit to Vienna, Austria as invited by Mrs Heike Yamuna Kiefer.

15th-19th July
Mandala at Vienna, Austria organized by Mrs Heike Yamuna Kiefer

21st July
Departure for Kathmandu, Nepal.


記事へ面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


打たれ強い国、インド

2009/04/01 17:55
着席したあと周りをみまわしてみると、今回も座席はガラガラ。

早速いつものように肘掛を上げ、カラダを横たわらせ就寝体勢に
入った。エア・インディア常連客としては嬉しい限りである。

昨年の12月から2回目の渡印だが、毎回ほぼ機内は空の状態で、
機体だけを行き来させているようなものである。

なぜなら昨年11月末のムンバイ・テロ以来、インドに行く渡航者
が激減したからである。

毎年3月といえば、大学卒業旅行の渡航者で予約を早めにとらないと、
チケット確保さえ危うい状態なのに、今年は渡航まで1ヵ月切っても
余裕で押さえることができたのである。

インドに行くビジネスマンが減っただけでなく、学生さえ敬遠して
いる国となっていた。

思えば、2001年9月11日のニューヨーク貿易センタービル・テロ直後
にも渡印したのだが、そのときの乗客はミゴトにジャーナリストしか
いなかった。

世界的な衝撃テロだったので、さすがにこのときばかりは、滞在中
何か遭ったときに備えて、宿泊先だけは高級ホテルにした。

日本の旅行代理店を通してホテルを手配したので、滞在中、
現地法人からインド人社員が「何か困ったことありませんか?」
と、ホテルを訪ねてきてくれた。

当時は、高級ホテルになんて泊まることがなかったので、
さすがにサービスが行き届いているな、くらいに思っていた。

そのとき訪ねてきてくれたインド人社員が、今のギビング・ハンズ
インド法人の重要なスタッフとなっている。彼と今回のテロで、
またあのときのようにインドに来る外国人が減ったね、という
話題になった。

「そうですよ、あの2001年のときも、社長に 『こんな時期にインドに
きてくれるお客様は貴重だから、帰る途中毎日、ホテルに
寄って挨拶していってください』
と言われたから、訪ねたのです。
普段は忙しくて、そんなことできませんからね」

という真相がわかった。そう言われてみればあの時は、どのお店も
過剰なほどのサービスだったのを覚えている。

ということは、あの2001年テロがなければ、わたしがこの数年間で、
インドにおけるもっとも信頼できる友人に会っていなかったということ
になる。事実、彼はその一週間後にその代理店を辞めている。

画像


今まで興味がなかったインド観光名所である世界遺産の
タージ・マハルに、今回初めて行く機会があった。

3月なんて、暑くもなく寒くもない絶好の観光シーズンにもかかわらず、
外国人客は、とても少なかった。

11月のテロから半年近く経とうとしているのに、このダメージは
さぞかし大きいことであろう。

インドにいると、テロ、爆発、津波、洪水被害なんて日常茶飯事である。
現地では、たとえ目の前でテロがあっても、自動車事故を処理するかの
ように【そのこと】が収まれば、まったく変わらない日々が展開されていく。

11月末のテロ直後に渡印しようとしたときも、多くの方から心配されたが、
わたしにはまったく【危機感】というものがなかった。ようやくわたしのリスクに
対する感覚が、もはや【インド基準】になっているのだと認識した。

どんな危険な状態でも、どんな試練にも淡々とやるべきことを行ない、
じっと事態を見据えて耐えていくパワー
は、このインドという国の
底力かもしれない。

今まで、走り去るバスに飛び乗る人や、電車の屋根の上にのる乗客、
裸足でヘルメットなしのバイク走者を見るたびハラハラしていたが、彼らの
リスクヘッジの範囲は、われわれの基準とは大幅に異なるのだとわかり
無駄に心配することはやめにした。

打たれ強い国、インドの忍耐力を、今後もじっくり観察していきたい。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


チャリティの里 ブラフマリシ・ヒル

2009/03/29 23:56
「もし時間が許すのなら、ブラフマリシ・ヒルに行ったらいいよ」

インド滞在中、奨められるまま【時間が許した】ので、
行ってみることにした。

同行予定のガイドもドライバーも、この地を訪れるのは初めて。
当然、日本のように便利な【カーナビ】などない。

またインド人が地図を開いている姿は、未だかつて見たことない。
だからといって親切に道路標識があるわけではなく、彼らは
ひたすら、目的地にたどり着くまで行き交う人に聞きまくる。

その聞き方は、「Excuse me, could you tell me how to get...」
なんて、見知らぬ人に道を聞くであろう前置きなど、皆無だ。
いきなり車の窓から顔を出し、大声で『場所のみ』を叫ぶ!
それもドライバーだけでなく、乗客も一緒に探すのである。

わたしがもし道を歩いていて、すれ違いざまに突然車から
叫ばれようものなら、間違いなく“逃げる”(笑)。

日本人から見たら、この失礼極まりない方法が、インド流【道の尋ね方】。
たぶん、ひとつ角を曲がるたびに聞いているので、いちいち
「恐れ入りますが・・・」などという前置きを言ってられないのか、
インド風リレーション・シップの成せる業なのか、ともかく
【用件のみ】である。

皆、気さくに応答してくれるのは有り難いが、間違っていても
キッパリと答えるから困りものである。そのため、多くの人に
聞いて平均をとらないとならないので、さらに時間がかかる。

今回の場所は、ヒル【丘】であるから、当然人里離れた地域である。
迷いに迷ってようやく到着した。

画像


着いてみたら、聖なる寺院を抱えているわけでもなく、ただ小高い山
がある殺風景なところだった。そこに一軒だけポツンと佇んでいる家
があった。

訪ねたところ、かつてアメリカで教師をしていたという、ここを守っている
聖者に仕えているインド人女性が、素晴らしく流暢な英語で出迎えてくれた。

画像


奨められるままここに来ただけなので、目的もはっきりしない。
さて着いたところでどうしようかと思っていたら、聖なる山を横目に
なんと4時間も彼女の話を聞き、DVDを見せられることになった。

その間ガイドはあまりの美しい彼女の英語に、通訳(タミール語/英語)
はいらんだろうと、横でひたすら本を読んでいた。


その内容はと言えば、この聖なる山を守っている聖者がひたすら
貧しい地域へ赴き、無料の食事を施し、毛布や衣類を配っている
映像が流され続けた。そして女性からの言葉は

「チャリティほど価値のあるものはありません。ここはリシ(賢者)
の里なので、聖者は皆、山で瞑想しています。しかし、瞑想で精神性
を高められるのは、今の時代では若くなければ(理想は20歳まで)
なりません。われわれ(年配者)ができる最大限の行為は唯一
【チャリティ】のみなのです」


確かにその場所には、多くの聖地のようにヒンドゥー教の神々が奉られて
いるわけではなく、ヨーガ行者たちの写真が飾られているのみだった。

ひと昔前はきっと、『精神性の向上には【瞑想】です』 と述べられて
いたであろうが、今の時代は【チャリティ】なのだと。

しかし、ここまで【チャリティ・チャリティ】尽くめにされると、
かえって引いてしまうものがある。

それはちょうど、子どもが勉強しようかな、と思ってる矢先に
親から 『勉強しなさい、でなければ・・・』 と言われているような
気分だった。

「そんなことは、百も承知、わかっているよぉ!」と言いたくなったが、
きっとこれも、わたしに何かを感じなさい、というメッセージなのだろう
から、彼女の熱い語りを漠然としながら聞いていた。

これから始まる国内事業である 【農業プロジェクト】 に祝福あれ!
と祈りつつ・・・





記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「マインド・マイレージ」

2009/03/25 18:40
以前、【ノブレス・オブリージュ】という昔からある概念
のことや、12歳の少女 セバン鈴木の【伝説のスピーチ】
をここで紹介したことがある。

しかし、このようなチャリティ活動をやってみてあらためて
わかったこと。

『富める者が貧しきものを助け・・・』という考えは、
理屈でわかっているのと行動までは、長〜い距離が
あるということ。

どんなに物質的に恵まれていても、捨てるほどモノが
あふれていても、人は『分け与える』という行為になかなか
踏み出せない傾向
にある。


なぜか?


心が満たされていないと、【不安】から派生した【セキュリティ】
システムが働き、結果【手放せない】という仕組みが自動的に
でき上がるようである。


つまり精神的豊かさ、いやそれ以前に【安定】があってこそ
分かち合い精神が働き、行動レベルにまでシフトされると
いうことになるのだろう。

そのことを端的に表しているのが、心理学者マズローの
【人間の欲求五段階説】であろう。


@生理的欲求
 生理的体系としての自己を維持しようとする欲求であり、
 具体的には食物、水、空気、休養、運動などに対する欲求である。

A安全と安定の欲求
 安全な状況を希求したり、不確実な状況を回避しようとしたり
 する欲求である。具体的には家、家庭、守られる存在の有無である。

B所属と愛情の欲求
 社会的欲求ともいわれ、集団への所属を希求したり、仲間意識とも
 いえる友情や愛情を希求したりする欲求である。

C尊敬・承認の欲求
 自己尊厳を希求する欲求であり、具体的には、他人からの尊敬や責任ある
 地位を希求したり、自律的な思考や行動の機会を希求したりする。
 
D自己実現の欲求 自己の成長や発展の機会を希求したり、自己独自
の能力の利用および自己の潜在能力の実現を希求したりする欲求である。


これは各国・各人のレベルで差こそあれ、どこでも誰にでも存在する
欲求段階である。今の日本では少なくとも@とAの欲求が満たされ
ない割り合いは、少ないであろうが。

仮に生じたとしても、国家レベルの保護制度が存在する。
日本は現在どちらかと言うと、B以降の【精神面】が満たされない
ことが深刻である。

それは、ITで急成長しているインドでも
『Stress Distress--苦悩するストレス--』 というテーマで
新聞の一面が占められているほど、精神面での厳しい現実がある。

この記事によると、もっとも大きなストレス原因のひとつは
『人と人との繋がりの欠如』 だと主張されていた。
まさに日本も同じだ。

となるとBの 『仲間意識』 が希薄になっている昨今、CDまでの
より高次の段階までは、なかなか行き着かない。

また、Dまでの段階になっても、実は満足できないという
新たな現実を、この欲求五段階説を唱えたマズロー自身が
後年で述べている。

そこで次に出てきた考えが【トランス・パーソナル】心理学である。

これは、トランス=超える、パーソナル=個、【個を超越した】
自分以外に意識を向けたところに人間の本質(幸福)があると
いうのだ。

この理論を受け入れるならば、人がBCDを得るには、つまり
自己実現していくには、ここを段階的に満たしていくより、
飛び越えていくのが一番近道だという、パラドックス
に気づくことになろう。

しかし、わたしを筆頭にほとんどがB〜Dの精神的欲求が
満たされないと、次のステップに行けないものである。

だから、いくら12歳の女の子に、

「家もなにもないひとりの子どもが、【分かちあう】ことを
考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに
【欲が深い】のは、いったいどうしてなんでしょう?」

と揶揄されようと、【世界がもし100人の村だったら】が何回も
TV放映されようとも、この本の出版に携わったアメリカ人男性が
以下のよう懸念しているように

「日本でこの本が売れているのは知っているが、ちょっと心配
なのです。なぜならここに登場する途上国をみて、【こんな国に
生まれなくてよかった】ということを認識するために売れた

のではないかと思うからです」

と言われてしまうほど、どこか精神のアンバランスが
生じ、行動までには移れないのかもしれない。

だからまず、チャリティ活動を促す前に、心を安定させることが
先決なのだと思えてならない。

その上でマインド・マイレージとも言える、【心の豊かさを溜める】
ことができるのではないだろうか。

しかし、心を安定させてから行動を起こすより、マイレージを溜め
ながら(分かち合いながら)自己実現(欲深い行為→マイレージを使う)
していくという同時進行が、いいのかもしれない。

そうしなければいつまでたっても、心の空虚感が埋まらないから。

物質的マイレージを貯めるくらいの勢いで、精神的マイレージも
溜めたいものである。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


新プロジェクト【結婚】と【健康】

2009/03/24 21:43
ダージリンでラマとの激しいディスカッションをしたせいか、
南インドに着いてから急に体力がなくなり不調となった。

そしてインドに長らく通って以来、はじめてカレー、チャイ
の類いが摂れなくなってしまった!

インドでカレーがダメとなると大変である。身体に優しそう
なものでも、必ずスパイスがインド人仕様で入っているため、
本当に食べるものがない。

毎日果物だけで過ごしていたら、ますますパワーがなくなり、
ついにインドの友人に訴えることにした。

すると、彼らの奥さん方が胃に優しいガード(ヨーグルト)ライス
やヌードルをスパイス抜きで作ってくれた。そのおかげて、
毎日問題なく、お弁当持参で活動することができた。

こうなって初めて気づくもの。

いかに、カレー(スパイス)やストロング(濃い)チャイは、
カラダに負担がかかるものなのか。

だから、治療のためのナチュロパティ施術中や、ヨーガ・
アシュラム滞在中に出される食事は、カレー色した単に野菜の
煮物である。つまり、ターメリック入りだがスパイス抜きと
いうことだ。

これら刺激物を平気で食しているインド人の消化器官は
実に大したものである。

しかし、これだけの暑さと悪環境を生き抜き、さらに激しい
人とのぶつかり合いをこなしていけるだけのパワーを維持するには、
これくらいの強い刺激が必要なのだろう。

今回ほど、胃腸の弱いわたしには、日本食の有り難さが身にしみる。
この【日本人向け手作りお弁当作戦】を、カラダが元気になっても
続けていたら、心身ともに今までにない爽快な毎日を過ごす
ことができた。

なぜ今まで、こんな画期的な方法を思い付かなかったのだろうか!

「次回からも是非、お弁当をよろしく」と、友人の奥さんには
十分お礼をしておいた。


さて、今後のインドでの支援活動に【貧しいカップルの結婚支援】
とナチュロパティをベースに【自然療法プロモーション支援】
取り入れる予定である。

北インド在住のスタッフがあらかじめ手はずを整えてくれ、
実際に結婚支援活動をしている、インドにおいてはある有名企業
の社長さんと会うことができた。

今までは地元の人たちの支援だけで、地元の貧しいカップルを
支援していただけなので、NGOという法人格を持たない、小さな
組織である。よって資料もヒンディ語のみだった。

しかし今回わたしとの打ち合わせのために、わざわさ英語の資料
を作成してくれ、帰り際にはヤフー自動翻訳にかけた日本語訳まで
渡してくれた。

自動翻訳だけに、意味不明な文章だったが、その行為だけで
とても嬉しい気持ちになった。ここで受け取った資料をさっそく
訳して、追ってWebにも載せたい。

また、インド人スタッフのひとりがナチュロパティ(自然療法)
学校を卒業し、いよいよドクターとしてのインターン活動に入った。

彼は日本語/英語ガイドでもあるため、どちらかというとナチュロパティ
を多くの人びとに知らしめたいという目的から、プロモーション
を中心に活動していく予定だという。

そのために、3年前わたしと彼が入院してナチュロパティ治療を
受けたときのドクターたちと一緒に、トラスト(NGO法人)も
立ち上げている。

今回、久し振りにこのドクターたちに再会したら、また治療を
受けたくなった。以前の入院経験はわずか10日間(理想は1ヵ月)
だったにもかかわらず、カラダの芯からデトックスされたことは
間違いない。

お金も大してかからず、自宅でできる自然療法の手当ては、
貧しい方々の健康維持には、もってこいの方法である。


この両活動の支援を、今後ギビング・ハンズでは取り組んでいきたい
と考え、企画・案内を整える手はずだ。

これにより、日本人の【結婚】と【健康】増進にも貢献できること
を信じて。
記事へかわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


【チベット占星術 その3】

2009/03/24 21:35
標高2500mの地、ダージリンに行くには、バクドグラという空港
に降り立ち、そこからジープで3時間かけて高地へと向かう。
急斜面を行き来するこの地での交通手段は、4輪駆動のジープか、
人が走るより遅い機関車である。

画像

                  トイ・トレイン

飛行機が着陸した場所から、荷物を抱えながら【歩き】でゲートまで
行くという、なんとも長閑(のどか)な空港を出たら、例のラマが
出迎えてくれていた。

3月の2500mとは、さぞかし寒いだろうと想像されたが、朝晩以外
は意外にも暖かかった。2007年3月に標高1200mのダラムサラー
に行ったときに比べたら、1000m以上も高地なのにだ。

すると、ここも温暖化の影響で、例年より暖かくなっているとのこと
だった。地球には申し訳ないが、寒さが苦手なわたしには、ありがたい
限りである。

さあ、この貴重な数日間、いったい僧侶でもあるチベット占星術師から
何を学べるのか、興味津々と物静かな印象のラマ(僧侶とは本来こう?)
に、ちょっとした不安を覚えながら、3時間の道のりに身をまかせた。

ヒマラヤ山麓にて、世界の最高峰エヴェレスト山を眺めて暮らせるだけ
で善しとしようと、目的は、このラマとの交流なのだから。

車中、ネパールのラマ・ガワンにチベット占星術師を紹介してくれた
お礼の電話を入れた。

「あ〜 彼になんでも聞いたらいいよ。で、今度はいつネパールに来るの?」

と、5月から7月いっぱいかけて催される、ヨーロッパ各地での砂曼陀羅
披露を控えているこのラマは、ダージリンのラマとは対照的にいつも
パワフルで元気だ。


実際のダージリンのマラは、わずかな期間だったが、物静かどころか
とてもアクティブに、それはそれはさまざまな場所を案内してくれた。

といっても、有名どころの各僧院とチベットロロジー博物館という、
観光というより巡礼に近いものだった。

ラマはわたしが日本人ということで、【仏教徒】だと認識している。
だから僧院内では、実に丁寧に解説してくれた。

そして、インドに10年近く通ってるわたしに、

「仏教徒なのに、仏跡であるブッタ・ガヤーにも行ったことがないのか?」
と驚いていた。

ブッタ・ガヤーどころか、インドの世界遺産である【タージ・マハル】
だって、デリーから電車でたったの2時間で行けるというのに、
未だに見たこともない。

この巡礼中、ひたすらラマが教えてくれたことは【シン・ツィ】
つまり、死者の占星術である。

あまりにも奥深すぎてここには記せないが、長い間解けなかった疑問の
塊が溶けだしたかのように、心が満たされとても幸せな気分になれた。。

この出会いのきっかけを作ってくれた、GCBSの学校長ラマ・ガワン
に感謝しつつ、このチベッタン学校の支援ができていることにも
畏怖の念が生じた。


いつの日か、このラマたちに砂曼陀羅披露で来日していただける
ことを夢見つつ・・・

Fin
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【チベット占星術 その2】

2009/03/24 21:33
「あなたが生まれた日の【ファースト・モーニング】も知らせて!」

運勢予測のために、インド占星術にならって生年月日、出生時刻、
出生場所の緯度・経度をラマに伝えたら、こんな答えが返ってきた。


なんなの、この【ファースト・モーニング】って?

日の出時間なのかと問うたら


I means, not that rising of the sun time.
I mean to say that; what time was it starting the first earliest
moring in your place of birth in Japan on your date of birth?

To check first morning; Go out side of home in the very early morning
or during pre dawn, and see the line of hand's palm in the darkness
first time. If can't see, it is pre dawn not first morning.
If can see the line of palm, thats call first morning)


【外にでて、太陽が昇る前にほの明るくなって、掌の線が見え始める時間】

なのだと・・・
インド占星術にはない概念だったので、調べてみることにした。


江戸時代の庶民は一日を【明六つ】に始まるとしていたのですが
この明六つとは日の出ではなく、腕を伸ばして自分の手のひらを見たときに、
筋の太いものが2、3本見えるくらいの明るさとなる時だったと言います。
我々の「夜明け」の感覚も大体同じようなものではないでしょうか。


江戸時代は「夜が明ける時刻を『明六ツ』、日の暮れる時刻を『暮六ツ』」
として基準の時刻としました。「明ける」、「暮れる」というのは「手のしわ
(嘗紋)が見えるようになった時と見えなくなった時」とも言われていますが、
実際には江戸では公儀(幕府)天文方が観測し設定したものでしょう。



と、日本では400年前の概念だということがわかった。

確かに江戸時代の【時の数え方】は、そのときの日の出から日の入りまでの
時間の長さを12等分し、十二支を配分して【丑の刻、寅の刻】などとしていたのを
みても、人びとが自然の流れにそって生活していたことがうかがえる。

しかし、出生時刻だけではなく、こんな時間もチベット占星術では
必要なのかと驚いていたら、その後も生まれ日の曜日と父母の生年を
知らせるよう要求された。

当然この占星術師も南インドの占星術師同様、ホロスコープ作成に
コンピューターなど使わず、マニュアル計算であるはず。

慣れているとはいえ、その大変さはよくわかる。お礼というには
少々はばかれるが、このラマはカーラチャクラ占星術(インド占星術)
は習っていないと聞いていたので、わたしがラマのインド占星術を
みてみましょうと提案した。

し・か・し

知らされたラマの出生情報は、生まれ年と曜日と季節だけだった。

これではインド占星術はおろか、せいぜいが午(うま)年、未(ひつじ)年
くらいの占術しか適応できない。

なぜラマは孤児でもないのに、いわゆる誕生日という普通に誰でも知って
いる情報が欠落しているのであろうか。出生情報とともにその理由も知らされた。

中国共産党によるチベット侵略時に、ラマの両親は祖国からダージリンに
逃げてきたチベット難民であった。当時はものすごく極貧で、その日暮らし
で精一杯だったと。

そんなときにラマが生まれたので、その日が何月何日だったかを認識する
スベは何もなかったらしい。そしてラマは続けた。

「だからわたしは、祖国の地をこの足で一回も踏まずに生きている」

難民二世の苦悩を見たようだった。

インド、中国、チベット、日本、その他ネパール、タイ、ラオス、ブータン、
モンゴルなどの近隣諸国を見回してみると、思想、文化、宗教の流れから
東洋世界の全体像が見えてくる。そのすべての発祥地とは、言わずもがな
【インド】である。

これらを太極的にみると、すべて【アジア国】という概念の下、異言語を
使えど同種民族としてとらえられるのではないか。

そこには【国境】など、ないに等しい。

ダージリンに着いてみると、そこはインドという国名の下、実情はまさに
ネパール・チベットである。ほとんどの人びとはネパール語を話し、
仏教僧院が多いので、僧侶の会話はチベット語である。

知識としてわかってはいたが、東西南北がまるで別世界のような、
多民族・多言語国家を、よくシン首相ひとりで統一できる(もしくは、
しようとしている)ものだと感心させられた。

この異文化を抱えるインド国の拡大鏡が、アジア圏国家と言えなくはない。

だが残念なことに、近隣兄弟国同士がいがみ合っているようにも思える。
ある意味、兄弟という近い存在だからこそ、ケンカもするのであろうか。
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という、原始キリスト教をお母さん
とした三姉妹が、仲悪いように。


つづく・・・
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【チベット占星術 その1】

2009/03/24 21:29

「わたしはインド・ダージリン在住のチベッタン・ラマです。
ラマ・ガワンから、あなたがネパールでチャリティ活動をしていて、
チベット占星術師を探していると聞いたので、連絡してみました」


お正月早々、こんな嬉しいメールがインドから届いた。

ちょうど1年前、ネパールのポカラで、ギビング・ハンズが
支援している学校のスクール・コンサートに参加したとき
校長でもあるチベッタン・ラマに依頼しておいたことが
忘れられずに一年たってからきたことに驚いた。


わたしの乏しい知識のなかでのチベット占星術とは、インド占星術と
中国の四柱推命と日本の九星気学をミックスしたようなものだと。

そして、このラマが情報として知らせてきたのは以下の通り。

I know Manchushree Astrology which is called Nagtse in Tibetan.
I also do Horoscope from Nagtse with Yangchar and Kalachakar,
Marry astrology, One year human's astrology which is called Kagtse
in Tibetan and passed away person's astrology which is called
Shintse in Tibetan. But I don't know Kalachakar (Kartse) astrology.

・マンジュシュリー占星術(ナク・ツィ)→ 四柱推命に相当
・カーラチャクラ占星術(カル・ツィ)→ インド占星術に相当
・結婚占星術
・年間個人占星術(カク・ツィ)
・死者の占星術(シン・ツィ)


わ〜ぉ!

かつて本で読んだことのある、お釈迦様が中国人に占星術を
伝えるためにマンジュシュシュリー(文殊菩薩)を生み出し
遣わしたという話し通りじゃない!

この記述を読んだだけで、久し振りに興奮してしまった。

画像



このうちチベッタン・ラマの主な仕事は、シン・ツィと呼ばれる
【死者の占星術】である。ただし、チベッタン・ラマすべてが
チベット占星術ができると言うわけでもなさそうである。

現に、チャリティ支援先のラマ・ガワンは僧侶としての
死者の弔い儀式はできても、占星術は出来ないと言っていた。

このあたりは、インド占星術が上手く【生きていく】ための道具
として活用されることが多いのに比べ、チベットのそれは、
上手く【死んでいく】ため ー 転生という意味で ー の道具
として
活用されているようである。

だから僧侶が【占う】のが自然なのであろう。

早速、このラマとアポイントを取り付け、チベット占星術による
わたしの運勢予測をしてもらえるよう依頼してみた。


つづく・・・
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


オーナーシップから リレーションシップへ

2009/03/08 07:05
インドにいると、【自分のもの】という所有の概念が崩れる。

・その辺に【自分の】ペットボトルを置くと、勝手に誰でも
 その水を飲んでしまう。

・【自分が】雇ったタクシーに、同じ方向に行くからと、
 ドライバーが勝手に他の人を同乗させてしまう。

・他人の新聞や雑誌でも、本人が読んでいないと
 断りもなく勝手に読む。


はじめはこのような習慣に、戸惑ったのは言うまでもない。

だんだんこの国の所有意識が見えてきて、確実に日本人との
違いが理解できたとき、その戸惑いは親しみに変わった。

ここでは所有からつながりへ、奪い合いから分かち合いへ
という概念がある。

自分のものでも余ってたら分け与え、使ってない場合は他に貸しだす。
それが暗黙の了解なので、誰も【断って】からなど行動しない。

慣れてないわたしは、それをされる度に「え? それ、わたしの・・・」
という低レベルの意識状態になったものである。

初めてインドに行くと、インド人を 『慣れなれしい、ずうずうしい』
という印象をもたれる場合が少なくない。

それは、このような心意気があるからかもしれない。
しかしそれは、とても【粋】な生き方だと思えてならない。

なぜなら、人は【所有】から苦悩がはじまるのだから・・・




記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


あなたと若者と農業と

2009/03/08 06:31

本日、今年になって初めての渡印。

節明けからずっと、農業プロジェクトにかかりきりで
アッという間に月日が経ってしまった。

今回のインドは、デリー、ダージリン、バンガロールと、
北、東、南インドへと駆け巡る予定。

ギビング・ハンズ日本法人とインド法人ともに、
ちょうど今は決算期。

両国の事務局長兼、経理担当者からのさまざまな
質問・要求に答えなければならないので、いつもより
気が引き締まる時期。


本年度の国内一大プロジェクト【農的生き方】その1

【野菜 Box for Two】 〜もうひとりの誰かのために〜

いよいよスタート!

http://giving-hands.jp/farm/

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


ノブレス・オブリージュ

2009/02/17 06:33
今さらながら、1992年リオ・サミットにおける当時12歳だった
セヴァン・スズキ氏(カナダ人)の伝説のスピーチをお届けしたい。

http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg

このスピーチの中で述べられている以下の言葉


2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、
私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちに
こう言いました。

「ぼくがもし金持ちだったら、家のない子すべてに、食べ物と、
着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに」

家もなにもないひとりの子どもが、【分かちあう】ことを考えている
というのに、すべてを持っている私たちがこんなに【欲が深い】
のは、いったいどうしてなんでしょう。

これらの恵まれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だという
ことが、私の頭をはなれません。


これを聞いて、「ノブレス・オブリージュ」と呼ばれる義務のことを
考えさせられた。

ノブレス・オブリージュ(フランス語:noblesse oblige)とは
「高貴な義務」のこと。

「恵まれた人間」には、その境遇に生まれなかった人々に対して
為すべき「義務」がある。一般的に財産、権力、社会的地位の
保持には責任が伴うことをさす。

現代のアメリカでは、裕福な人物や著名人がボランティア活動を
する事は当然とされ、しない方が特異視されやすい。
「最近どういうボランティア活動をしていますか」と問われて、
「何も」と答える事は、地域社会にとけ込む事を困難にしかねない。

貴族制度や階級社会が残るイギリスでは、上流階層にはノブレス・
オブリージュの考えが浸透している。

第一次世界大戦で貴族の子弟に戦死者が多かったのはこのためであり
(皆志願して従軍した)、フォークランド戦争にも王族が従軍している。

現在でも、例えば高校卒業後のギャップ・イヤーに、ウィリアム王子が
チリで、ヘンリー王子がレソトの孤児院でボランティア活動に従事している。

                         ウィキペディア


子どもの頃から教会に行き、「恵まれない方々」のために祈り、なにかを
奉仕する習慣が身についている欧米社会の価値基準と大きくかけ離れた
文化の中で生きてきた日本人には、すぐにはピンとこない概念かもしれない。

しかし、【思い】があっても表現方法を知らないというだけなら、世界の
基準からみれば当然、高貴な貴族に属する日本人として、何か少しでも
できることをするのが、地球人としては自然なのかもしれない。

わずか12歳でそれをした高貴な人がいるのだから。




記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


発熱

2009/02/09 01:20
立春を迎え、はや5日。

半年振りに発熱し、どうやら身体が休養を要求していたようである。
しかし、決まっているスケジュールは待ってくれない。

家中にある、あらゆる道具を使ってコントロールしてみた。

なにを?  【発熱】を、だ。

仕事がある昼間は熱を下げ、反対に夜は、これでもかというほど
汗をかいて熱を発散させてみた。

道具というのは、身体の自然治癒力を促すものという基準に合った
アーユルヴェーダ薬、ホメオパシー・レメディ、梅醤番茶、ハーブ・ティ
熱い風呂、などである。

39度の発熱でもお風呂に入るなんて、ちょっと無謀なのだが、
今回はなんとしてでも発熱コントロールせざるを得なかった。

アップ・ダウンはあったものの、なんとか対処療法の薬と医者に
頼らず、この節替わりを乗り切ったようである。

【気】の替わり目は、心身伴に不安定になるとわかっていたので、
慌てず対処できたのもよかった。

熱が出てうなされているときでも「これで身体のなかの毒素も出ている」
と思うことで、発熱も楽しめ嬉しくもなる。

人はなぜ、そのことが起こっているのか理解できると、捉え方が
一変し、一瞬のうちにHappyになるものである。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


消えた文明の謎

2009/01/29 05:10
「文明が発達した同じ理由で、文明は崩壊する」

          国際日本文化研究センター教授の安田喜憲さん


友人宅で、農業プロジェクトのことをお茶を飲みながら話していたら、
付けっぱなしのテレビから流れてきた、この言葉に釘付けになった。

【消えた文明の謎】として、NHK番組でいくつかの世界遺産が
取り上げられていた。

その中のひとつに、中央アメリカの密林から偶然発見されたマヤ文明
最大の遺跡、ティカルがあった。



密林に位置するマヤの古代都市・ティカルは、当時、中心部だけでも
6〜7万人の人口を擁する大都市だった。だが周辺に水源はなく、
また大地が石灰岩だったために雨水は地中に吸い込まれ、しかも
地下水位が低く井戸を掘ることもできなかった。

この過酷な条件のもとで、人々は120日にもおよぶ乾季にどのように
して水を確保していたのか。そこには、ある巧妙な仕掛けがあった。

都市の地表は、雨水が浸みこまないように石灰岩を利用した
漆喰(しっくい)で塗り固められていた。しかも地面には0.76度という
微妙な傾斜がつけられ、雨水はその先にある貯水池に導かれていた。

つまり、都市全体を巨大な漏斗(じょうご)のような造りにすることで
水を確保していたのである。

しかし、漆喰を作り出すために大量の森林を伐採して燃やさなければ
ならなかったがゆえに、生態系に狂いが生じた。
     NHK


そして終には、文明崩壊につながったのだと・・・
そこで、コメンテーターの教授が言い放った。


「やり過ぎだった」


一緒に観ていた友人とこの言葉を聞いたとき「今の日本みたい!」
と、思わず口を揃えた。

経済、経済と血眼になって復興していた時代の弊害の煽りを受けている。

なにかを創り上げること(創世期)と、維持すること(成熟期)は
別のやり方が必要なのかもしれない。

やはり、なにごとも【ちょうどいい塩梅】がいい。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


エコロジーとエコノミー

2009/01/23 20:55
「日本人は働きすぎ。週に3日働けば十分、
             あとは歌って踊りましょう!」

・・・・・・

ジャイナ教のインド人からこの言葉を聞いたとき、
「それは、インド人だからできることだよ〜 」
と、苦笑してしまった。

まして、ジャイナ教徒はとても働き者で、インドの長者番付け
トップ数%を占めるのは、ほぼジェインツ(ジャイナ教徒)だと
数年前の日本の新聞で読んだ記憶がある。

そのジェインツが 『働くな』 と言うのだから、それなりの根拠が
あるに違いないと、耳をそばだて論理を聞いてみることにした。


その1:エコロジーとエコノミー

エコロジー(ecology 生態学・環境)とエコノミー(economy 経済)、
日本語としてカタカナ英語のエコノミーには、【節約】ムードが
漂うものの、このふたつの言葉は “環境と経済” という、一見
別物に思われる単語である。

しかし、実際はどちらも【エコ】がつく、親戚っぽい関係なのだと。

エコは、ギリシャ語の【オイコス】から由来し【家・住む場所】
という意味で、今では【大地・地球という住む場所】をも意味する
広い範囲をさす。

エコ・ロジーの【ロジー】は知(ロジック)を意味する【ロゴス】から
きている。だからエコロジーとは、大地という住まいを知るということ

では、エコノミーとは、エコ=住まいを管理する、マネージメントの方法だ。

つまり、住まいである環境・生態学を知ってから、その住まいの管理を
行なう、エコロジーありきのエコノミーというのが自然な流れである。

しかし、現実は住まい(環境)についてよく理解しないまま、
運営方法にばかり意識と労力を費やしている傾向にあるのでは?

その上、住まい(エコロジー)を快適にするための運営方法(エコノミー)
にたくさんの時間を費やしすぎて、住まいそのものを楽しむ時間がない
という、本末転倒が生じている。


この話を聞いていて、インド人がよく口にする

『食べるために仕事しているのか、仕事するために食べているのか?』

を思い出す。

ジェインツは、よく働くことでインドでは信頼されている。
インドでは、宗教によって子どもに付ける名前に特徴がある。
だから、名前=宗派が容易に読み取れる。

ビジネス界でも名刺を見てジェインツだとわかると、仕事が
増えるのだと、新聞記事にも書いてあった。

なぜなら、インドという国において、彼らは約束を守る(戒律上)人種
だからである! →  これ、すっごく重要!!

だからますます忙しくなり、長者番付けにも入るという仕組みである。
そして、彼らは稼いだ収入のほとんどを、病院や学校への寄付に
回している
ことでも有名である。

これは宗教上の理由から【来世への貯蓄】というわけで。

狭い範囲でみると【働き者】という姿は日本人とジェンインツは
似ているが、広い範囲ではビックピクチャー(全体像)が違うという
ことである。

だから、日本人のように目的と手段をはき違えた、本末転倒状態で
働いてたら、【振り出し】に戻ってしまうよ、というのが、この方の
言いたいことなのかもしれない。

戦後の物質的崩壊と、バブル後の精神的崩壊の違いだと・・・







記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0


アイ・パワー

2009/01/20 14:32
「あなたは、眼はいいですね」

え〜〜〜 ! わたし、メガネかけてるの、見えてますよね?
しかも、視力 0.1 以下なんですけど・・・


インド事情がまだよくわかってない時期、インド占星術師から言われた
このときの驚きは、いまでも思い出す。

眼科検診にでも行って、こう言われるのならわかるが、
人生の未来予測の話で、いきなり【目】について語られた
のだから、不思議でならなかった。


日本での眼がいい=視力がいい
インドでの眼がいい=眼の病気にかかっていない


ということを知ったのは、チャリティ活動をはじめてからだった。

インド、ネパールでは、眼科検診の無料診療に携わっている
NGOがとても目に付き、無償で治療を施している。


世界には;

目の見えない人:3,700万人
視力障がい者:1億2,400万人

90%が途上国在住者
目の見えないことでの世界経済負担額:2兆5,000億円(年間)

インド国内失明者:1,200万人(世界失明者の約1/3)
うち60%が白内障による失明


つまり、適切な処置を施していれば、確実に治療できる
ということである。

だから、メガネをかけていようと、目が見えるということは、
インドでの占星術的予測には、とても重要な予言項目
ということだったのだ。


2008年末に、ネパールのGCBSから報告データが届いた。
それは、ヨーロッパの支援者の協力で、チベットの子どもたちが
眼科検診と健康診断を受けている模様だった。

画像


画像


日本では当たり前の子どもの健康診断が、途上国では生死に
かかわる重要な機会だったりする。

普段は感じられない制度に守られている【命】を大切に
することが、日本国に住んでいる恩返しだと思える。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


いい加減

2009/01/17 04:52
「いい加減だな〜 」

という言葉からは、いいイメージが浮かんでこない。
【中途半端、ちゃらんぽらん、不真面目、無責任、うんざり】
インドにいると、たびたび痛感させられる言葉である。


だが、この言葉にはもうひとつの【顔】がある。

「お風呂はちょうど いい加減だ〜」

などに使われる、【適度な、ちょうどよい、いい塩梅(あんばい)】
という、見方によると上記の【中途半端】的な要素がないわけではないが、
悪いイメージの言葉ではない。

それは【適当】という言葉の二面性に似ている。

つまり、多くもなく、少なくもなく、頑張り過ぎもせず、だらけ過ぎもせず
という、ちょうどいいストレス度合いのある【中庸性】を、中途半端とみるか
適度なのかは、測る人の主観に左右されよう。

キチッとした日本人からみると、悪い意味での「いい加減」に感じるものでも、
インド人からしたら、適度な「いい加減」なので、心地よいのだろう。


見る視点によっての感じ方の差異は、前述した【市場基準】【社会基準】
に表わされているように、【GNH(国民総幸福)】を推奨している視点から
みたら、現在の経済成長低迷期は、大いに結構と映るかもしれない。

モノが消費されない→無駄使いがなくなる→自然が破壊されない。など、
今までと違った時間の流れ方を経験する、いいチャンスなのだと。

しかし、政治家、経済学者は大慌てする。経済成長率が何%かでも
上がらないと、政策上の失敗だと非難されるから。

話題の定額給付金も、国民消費を促すためなのでしょうが、この時代、
わずか1-2万円を得たところで、使われず貯蓄に回されるのがオチ
だと予測される。

また、IMF(国際通貨基金)の調査によると、2007年のシンガポールの
一人あたりのGDP(国内総生産)が、ついに日本を抜いたとされる。
これまでアジアでトップをキープしていた日本だったが、ついに2位に
転落してしまったということだ。

これを憂えた経済学者は、経済のグローバル化に伴って世界の国家を
見習い、GDPをもっと上げシンガポールになんて抜かれない政策を
とらねばならない!と士気を上げている。

かたや社会活動家は、グローバル化の弊害を訴え、ローカル化(地域化)
を促進しているという、両者ともの 『お国のため』 対策が相反しているのが
実におもしろい。

経済学者のいうGDPアップのために、消費産業の増大を図り、物流の
活性化を促すグローバル化による国際的流通のなかで、

「他国から10tの牛乳を輸入して、10tの自国牛乳を輸出」している矛盾
に、違和感をもたないのが不思議でならない。

わざわざ同じものを行き来させることで、エネルギーを消費し、二酸化炭素
を排出し、地球に負担をかけながら、時間・労力・お金をかけてまで、
GDPを上げようとしている。

まるでモノを消費するための “働き蜂” ではないか・・・
これでは国民総多忙なわけである。

昔から言われている「忙しい」=「心を亡くす」とは、このご時勢で
再認識しなければならない重要課題に思える。

グローバル化し過ぎても弊害があり、ローカル化し過ぎて鎖国状態
になるのも問題である。

だから、【いい加減】 がちょうどよいのかもしれない・・・


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


原則と特例

2009/01/16 03:08
今、両親の不法入国が原因で、日本からの強制退去処分を受けている、
日本生まれのフィリピン少女のニュースが話題となっている。

少女が日本に残れるよう支援する署名も、1万4000人を超えたと聞く。
これは、法相大臣の【特例】に訴えかけるものである。

どんな『モノゴト』にも原理原則がある。これがなければ規律という
秩序が保てない。しかし、それだけでは推し測れないものも多々ある。

組織が大きいほど規律がしっかりしていて安定・信頼度は高いが、
【特例】措置のハードルも高くなる。組織が小さければ、【特例】
ハードルは低いが、原理原則が甘くなり組織としての安定性は低くなる。


NPO/NGOという組織は、規模の大小如何にかかわらず、『モノゴト』を
進める基準値を決めるのが、難しいと感じることがある。

株式会社のような営利組織であれば【市場基準】という“経済的ものさし”
で線引きできるものが、非営利団体の場合は【社会基準】という
“人道的ものさし”が基準値を測る道具となるので、決断する個人
もしくはその組織の主観に頼らざるを得ない部分が少なくない。


なにを基準値にするかによって、行動がガラリと変わるものである。
ある行動経済学の文献に興味深い実験結果があった。

人は、「市場基準(経済性)」「社会基準(モラル)」という2つの
判断基準をもっていて、低報酬なら請けない仕事であっても、ボランティア
(無報酬)なら請けることが多いということである。

弁護士に低報酬で困窮者への相談依頼をしたところ、ほどんどが断ったが、
ボランティアという無料での相談依頼には、多くの弁護士が引き請けたという
実験結果が示すものは、提示された低報酬は仕事としての価値基準から
みたら、断じて応じられないが、【人として】という社会的価値で測るなら、
無償であればあるほど価値があるということだ

そして非営利組織には、さらにこの【人道的ものさし】というものにも
“原則と特例”の線引きがあるのが、悩みどころである。


年末年始にかけて、インドから数通のメールが届いた。
ある支援している施設を通して知り合ったインド人からの個人的な相談である。

要は、「困窮する問題が発生したから助けて欲しい」という依頼である。
個人的心情としては手を差し延べたいのは山々だが、

・送られてきた数通のメールだけでは事情が明確でないこと
・わたしではなくその施設現場の上層部にまず相談したらどうかということ
・わたしは個人的に支援活動をしているわけではなく、日本における組織単位
で活動しているので、インドの施設責任者を通して組織としての依頼なら
案件として考慮すること

などを伝えた。これは、いわゆる【原則】である。

するとその方の返事は、「施設責任者には断られたから、あなたに頼んだ」
というのだ。さらには、

I thought you are helping the poor and you will understand my problem.

「あなたは困っている人を助けている人なので、わたしの問題を
理解してくれるだろうと思った」


つまり、原則ではなく【特例】を認めてくれ、という、よくある勘違いである。
それもしっかりした理由とその証明という裏づけがない状態で。
これでは、現地責任者がなぜその方の依頼を断ったのかも想像がつく。

人道的ものさしの【特例】には、“情” や目先の手助けによる自立の妨げ、
依存、主従関係などが判断を誤らせる【罠】となる。

これは常に、NPO/NGOに突きつけられる

【その活動は、ほんとうに相手のためになっているのですか?】

という課題である。

しかし、答えはその場ではわからない。この言葉をいつも胸に抱えながら
行動することによってしか、その答えが見えてこない場合もある。

そのときどきで感じたまま、戸惑い回り道しながら進んでいく方法しか
ないことは、毎回思い知る事実である。

まだまだ組織が小さいがゆえの有利さとして、小回りが利く=特例大有り
が、ときとして判断を誤る落とし穴にもなる。

逆に、国という組織としてしっかりした法律が出来上がっているところに
今回のフィリピン少女の問題のような必要に迫った【特例】を突きつけられると、
答えを出すのに時間を要するものである。

親の不法入国後に日本で生まれ就学した子どもが近年増加中とのことなので、
国も今後のために試行錯誤しながら対処しているのだろうと、痛感せざるを得ない。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


スラムドッグ$ミリオネアー

2009/01/15 22:36
『ぼくと1ルピーの神様』という本の感想を、
ちょうど一年前の1月、このブログにアップした。

http://givinghands.at.webry.info/200801/article_4.html


昨年2008年には映画化され、今年の4月、日本で公開される。

http://slumdog.gyao.jp/


内容は、いわゆる『闇の子供たち』インド・ヴァージョンだが、
タイを舞台にした、日本人(発展国)側の視点から制作された
『闇の〜』とはスタンスが異なり、インド人が、インド人の実態を、
インド国内での問題として、インド国内外で放映された逸品である。


わたしは日本公開前に観たのだが、原作とはだいぶ異なっている。
それは、時間制約のある映画化にともなう避けられないポイント
だから、しかたない。

日本での映画を観る前に、ぜひとも原作を読んでいただきたい。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


ナチュラルビレッジ

2009/01/13 02:27
【農的生き方 青空プロジェクト】
〜ナチュラルビレッジ 計画〜


「A君、最近どうしているかと思ったら、
     田舎に帰って農業やってるんだって〜」

「ボク、将来はどこかの農家の跡を継いで、
        農民になろうと思ってるんです!」

この手の話を、近ごろよく聞く。

なぜか?

【GNH】という価値観からであろうと想像できる。

そもそもこの【GNH】という言葉は、1972年に即位した
ブータンの若い国王(2006年に退位した第四代国王ジグメ・
センゲ・ワンチュック)が記者会見で、

「政府の目的はGNPを増やすことではなく、
GNH(国民総幸福)を増やすことだ」


と述べたところから、今では国民の価値基準を測る【ものさし】
の一部になっているようである。

GNP=国民総生産 GDP=国内総生産

両者の【P】は、Product プロダクト(生産物)のこと。
この生産物のやりとり(モノやお金の量)がどれほどあったかで、
進歩・発展・成長をはかり、発展国か途上国かに分類されるのだと。

しかし、そのGNPのなかには、タバコやお酒、交通事故や離婚訴訟
環境破壊から犯罪にかかわる、すべてが含まれているのである。

そこには、人々の健康や、教育の質、芸術の素晴らしさ、やさしさ、
思いやり、誠実さ、愛などは含まれない。

要するに、国の富を測るGNPからは、心の豊かさのすべてが抜け
落ちているということである。

この【P】の替わりに【H】=Happiness(幸福)度を基準に
したものが、【GNH】というわけだ。

かつてアメリカでは、1960年代に【ヒッピー】と呼ばれる若者たちが、
カウンターカルチャー(対抗文化)として、近代派と伝統派とは違う
第三の潮流として生まれはじめたことは、誰しもが知ることである。

そのような潮流の人種たちが、今のアメリカではどうなっているのか
ということを調べた、ジーンズで有名な『リーバイス』という会社がある。

そこで継続的に行なった社会意識調査では、20世紀終わりには、
ついにアメリカの人口の三分の一が、この第三潮流だということが
わかったそうである。

その調査によると、この種の人々の特徴は、

・環境問題に関心があり、ライフスタイルもエコ的生活を送っている。
・健康にも気を使い、自然食派である。
・食材にもこだわり、国産のさらには地元の物を食べたいと思っている。
・可能であれば、自身も農的暮らしを望んでいる。
・ガーデニングやベランダ栽培で野菜を育て、市民農園にも参加する。
・身体を動かすことが好きで、モノを作り出すことに生きがいを感じている。
・部分志向より全体志向。どういうプロセスを経ているかの全体像に関心あり。
・消費者ではなく、生活者であるとの自覚のもと、CMに踊らされる消費はしない。
・「わび」「さび」的な美意識で、地味な心落ち着くものを選択する。


この一連の傾向をあらわす形容詞は『3つのS』

スロー(ゆっくり)
スモール(小さい)
シンプル(簡素な)


で示されるのだと、文化人類学者【辻 信一】氏が、このような潮流の人たちを
【カルチャー・クリエイティブ】と分析していた。

今、日本の若者たちの価値基準も、アメリカのそれと大差ないように思える。
だから彼らは、グローバリゼーション(世界的拡大)からローカライゼーション
(地方化)へと還っていく
のであろう。


そんな潮流を考慮しながら、ギビング・ハンズの定款に掲げてある、
【日本の若者たちの応援プログラム】として、【農的生き方 青空プロジェクト】
に、これから取り組もうと思っている。

このプロジェクトは、自ら気づいて基本に還っていくタイプと、『何かが違う』
ことまではわかるが、その先どうしていいかわからない若者たちの応援を
するのが目的である。まずは、多くの若者たちを受け入れる“受け皿”
を築くのが先決であると考える。

また、若者の反対側に、老齢者で切り盛りしている田舎の農業実態も
大きな問題を抱えている。

・誰も手をつけられていないままの休耕地
・跡継ぎ不在のまま、継続不可能な農家の実態
・労力に見合わない農業収入の実態
・老夫婦2人だけの、片方が農業従事不可能になった場合の廃業による不安
・農協にコントロールされている不安定価格の実態


など、従来農業には矛盾点が山積みされている。そんななかで現在
注目されているナサラ農法(Nature Surrouding Revived)に活路を
見出しながら、それぞれの課題をそれぞれが補う形の相乗効果
解決していこうというのが、このプロジェクトの目的である。

そのスターティング・メニューとして、年間通して自然の味が楽しめる
(仮)【ふるさとパック】なるものを準備する計画である。

順次、プロジェクト内容が準備でき次第、お知らせしたいと思います。
ご興味ある方は、奮ってお問い合わせください。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


クレイジーパワー

2009/01/11 00:45
『常識のある人は、自分を世間に合わせようとする。
非常識な人は、世間を自分に合わせようとする。
ゆえに非常識な人がいなければ、この世に進歩はあり得ない』


         劇作家 ジョージ・バーナード・ショー

社会企業家―― 新たな市場を切り拓く人々


このサブタイトルで、【クレイジーパワー】という
世界の数々の歴史的な問題に立ち向かっている
企業・人びとの本を、今年はじめに購入した。

 ― 【狂気の力】 が世界を変える ―

いつの時代も、大変革時には【非常識】な人びとが活躍している。

●紀元前500年代の非常識な人たち

ゾロアスター、ブッダ、孔子・老子、
ピタゴラス、ソクラティス、プラトン、
アリストテレス、アレクサンドロス大王


●1500年代の非常識な人たち

コロンブス、マゼラン、コペルニクス、
ガリレオ、ダビンチ、ミケランジェロ、
シェークスピア、ルター


歴史上では偉大な人物でも、当時の常識人から見たら
まさに【クレイジー】なパワー全開っだったであろう人びと。

しかし、そこから世界は、社会は変化していったことは、
歴史をみたら明らかである。

時代は今、大変革のとき。
大手を振って、非常識人をめざそう。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


一部の情報

2009/01/08 01:53
「え? インドって 【寒い】 の?」
「インドはIT産業で発展している国でしょ。 なぜ 【貧しい】 の?」


ときどきある、インドに対する質問。
それは、インド人が、

「日本は、原爆を落とされた国で・・・」

という、一部の教科書的情報で日本という国のイメージを
もたれているのと一緒であろう。

画像


画像


これは、インドの首都デリーの州境にあるGHが支援している
施設(ADF)での、クリスマス・イベントの模様。
子どもたちは皆、セーターを着て毛糸の帽子をかぶっている。

この冬は例年にない寒波で、北インドでは5℃を下まわる日
があったほどである。

インドでファン(扇風機)やクーラーは見たことあるが、
基本的に、暖房器具にはお目にかかったことがない。

この寒空に、家と寝る場所があるだけ幸せで、路上生活者は
冬、毎年寒さで命を落としている方々が少なくない。

また、IT産業で発展している人々は、10億人の民のうち1-2割
の、ごく一部だけである。


まず、知ることから始めよう・・・




記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


やっぱり社会貢献!

2009/01/05 00:50
「ガイドの勉強をする前は、ず〜とこの塔をお墓だと思ってました」

タイ・バンコクの【ワット・ポー】という寺院で、ツアーガイドから
この塔の説明を受けたとき、『な〜るほど・・・』 と納得した。

画像


この四つの塔は、ラーマ1世から4世それぞれ歴代の王様が造った、
【死後】、高い世界に転生するための装置だったのだそう。

エジプト帰りから2週間でバンコク入りしたので、この話しを聞いて、
「まるでエジプトのファラオ(王)が造ったピラミッドと同じじゃない!?」 
と、妙にリンクした。


現在の王様はラーマ9世。この王様が亡くなったら、国民の涙で
湖が出来ると言われているほど、とても人気のある王様なのだという。

では、その前に亡くなっている、5世〜8世までの転生装置は
いったいどこに?

それは・・・    どこにもない

ときのラーマ5世は、大きな行政改革や身分制度廃止をした王様で、
また、周りの国がイギリスやフランスの侵略によって植民地化される
なか、独立を守った王様として、タイ3大王の一人とされているほど、
偉大な王なのだが、この王のときから【転生装置】がなくなった。

なぜなら、莫大な費用をかけて【塔】をつくるより、国民のための
病院や大学を建てることに転じたのだという


これによりラーマ5世は、タイ国の宗教【上座部仏教】の教えである
死後の高い転生儀式を取りやめてしまったのだろうか!?


答えは 【否】


高い塔を建てることも、公共施設を充実させることも、どちらも
違った形ではあるが、死後の転生に影響する行為なのである。

つまり装置を利用して波動を上げ、より高く飛び立つのか、
他に貢献することで、仏教でいうところの【情けは人の為ならず】
というブーメラン方式
を活用して、高く飛び立つかの違いであろう。

それに現在でもまだ、この転生装置に匹敵するような儀式が残っている。

ラーマ9世のお姉さんが2008年1月にお亡くなりになられ、ちょうど
わたしがバンコクを訪れた10月に、火葬を含む葬儀の準備をしていた。

え? 亡くなって8ヶ月経ってから【火葬】・・・ ですか!
それも、年間 常夏のような気候のこのバンコクで。

なぜかというと、火葬にともなう【棺(ひつぎ)】の用意に数ヶ月を費やしたと
いうわけである。 この話だけだとチンプンカンプンだった。

するとガイドが、エメラルド寺院を出るとき、

「あれですよ、今、作っている棺は」

と、遥か彼方に見える、天高くそびえる木製の塔を指差した。

画像

          数十メートルはあろう、建設中の【棺】 

数人で寺院めぐりをしていた日本人全員が、その塔を見て
目を丸くさせ、口あんぐり状態だったことを、想像できるだろうか。

まず王族の棺の条件である、樹齢100年以上の木を探すところから
始まる・・・探すのに3ヶ月、製作に3ヶ月・・・ 死者は直立のまま棺に
安置され・・・ 


ん〜  これ以上の話になると、このブログの主旨にそぐわなく
(すでにそうなっている!という声が・・・)なるので、今回は
この辺で・・・

画像

       タイの新国際空港内にある、タイ風にアレンジされた
             インド神話の【乳海攪拌】



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


時間モンスター その2

2009/01/04 00:32
【時間厳守】という言葉は、英語で【punctuality】パンクチュアリティ。
[punctum]というラテン語の【点】というのが語源のようである。

鍼・灸の【鍼】のことを[acupuncture]アキュパンクチャーというのも、
この【点】と関連あるのかもしれない。

つまり、どんぴしゃの時間=点 のこと。それ以前も以降もダメだ
という、非常に厳しい条件下で、日本の乗り物業界は日々運行して
いる、他国では類をみない優れものである。

しかし、考えてみればちょっと息苦しい気もする・・・

日本は昔からそんな感覚を有している国民性だったのかというと、
どうも、そうではなさそうだ。

江戸時代の日本の時間単位は【一刻】という、だいたい、2時間前後
をひとつの単位にしていた。しかも時計というものが存在しなかった
ので、【刻】を告げる鐘などで知るしかなかった。

明治時代にようやく時計が導入されたが、大正、昭和初期までは、
日本を訪れた欧米人が、日本の時間感覚の【遅さ】にイラついて
いたという記録が少なくないようだ。

だから、このようなハイ・テンポになり出したのは、戦後のこと。
がむしゃらに、お国の復興と経済のために、働き蜂になっていく頃
からのようでである。

その頃の価値観は、物質的要素が何よりも重要であった。すべてを
戦争で失った大日本帝国としては、もっともなことである。

しかし、それはあくまでも生活の手段、生きていくための術(すべ)
としての経済であり、物流であったはず。

それがいつしか、“手段が目的”へとすり替わってきたことで、
本当の満足感、幸福感というものを見失ってしまったようである。

より多くのお金を稼ぎ、より多くのモノを消費し、つまり国のGNP/
GDPを上げる政策のなかで、そのためにより多くの時間が必要
になってしまった。

しかし、時間には限りがある。
だからスピードを速めるしか方法がないのだと・・・

そこで、『ジャスト・イン・タイム』という別名『トヨタ生産方式』
という、自動車産業から生まれた新しい高効率の科学技術の登場が
見逃せない。【ムリ・ムラ・ムダ】を省くために。

そこには、【ゆとり】なんてあってはいけないのだと。


人間にはなぜ、交感神経と副交感神経という自律神経が働いて
いるのだろうか?


生身の肉体、繊細な神経を、末永く長持ちさせるには、緊張と弛緩
バランスが大切だからである。

それは、社会機能においてもそこで働く人間においても、必要な
バランスである。

そこから【ゆとり】を取り上げて、ひたすら馬車馬のように働く
ようになった日本人が作りあげたものは【過労死】を生んでいく
プロセスという、本末転倒の歪みが生じてしまった。

にもかかわらず、未だに価値基準は物質を最優先に追いかける生活
を送っている傾向が強いと感じる。だから、【Be】という人としての尊厳
が、薄れてしまうのではないだろうか。

前述したバンガロールのカウンセリング・センターでは、
毎日のように、Fr.ハンク氏から、

Who am I ?
Am I my feelings ?
Am I the same as I was ?


と、『わたしって誰?』 などを問われ、自己存在価値を
取り戻しながら、再認識している。これも、自分と対面できる
時間があってこそである。

ハイ・テンポ : スロー・テンポ
ファースト・フード : スロー・フード
時間厳守 : 時間厳守


を、時と場合に応じて、使い分けたい。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


時間モンスター その1

2009/01/03 13:36


ヒトとは、

人間である存在 Human being であって、
人間である理性 Human mind ではない。


つまり、人間として『在る』ためには、『Being』
いなければならない。


なぜ、Be(存在)よりDo(行動)やHave(所有)が
重要視されるようになってしまったのだろうか?


そのひとつに【時間】との関係性が挙げられよう。


・電車やバスが時刻表どおりにくること
・人とした約束の時間は守られること
・時間に遅れそうになったら(遅れたら)、先方に連絡を入れること
・イベントにはタイムスケジュール、計画表というものがあること


これは、日本では常識だが、他国では【すごいコト】なのだ。
「○○(国名)時間」という、その国特有の時間感覚という
【ものさし】が存在する。

インドでは、当たり前のように電車や飛行機は時刻どおりに出発して
くれない。そして毎回遅れるだけなら、乗り遅れる心配はないのだが、
以前、出発予定時刻の2時間も前に、飛んだフライトがあった。

そのときは、たまたま早く着きすぎてたので、空港内のカフェで
お茶を飲んでいた。すると「ジャパニーズ、ジャパニーズ」と
叫ぶ声が聞こえてきた。

どうやら日本人を数人の航空会社のスタッフが探している様子だ。
あたりを見渡しても日本人とおぼしき人物は、わたしだけだったので、
「なんですか?」と聞いてみた。

すると、フライト時間が早まったのだと。

!!!!

そんな重要なこと、チェックイン時にも告げられず、その場で
初めて知らされたわたしは、

「連絡先を教えているのだから、なぜあらかじめ知らせて
くれないのか?」

と抗議した。国際線という一週間に4日しか飛んでいないフライト
だというのに「でも、間に合ったからよかったじゃな〜い」という
お気楽な返答に、それ以上、突っ込む気力も失った。

エジプト行きのトランジット時のカタール空港でもそうだった。
ガイドが普通に説明していた。

「ここのフライトは、たいてい30分や1時間前に飛ぶ傾向があるので、
必ず早めにゲートに集まっていて下さい」と。

そんなことはインドや中東だけではない。どこの国も似たか寄ったか
の時間感覚を有している。ということは、日本人の【どんびしゃ】的
時間感覚は、世界の基準からしたら、もしかして【非常識】なの
かもしれないって??

つづく・・・

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【モラル】という名の副作用 “怒り” その2

2009/01/02 16:21
「女性の乳がんの原因の多くは、怒りの記憶からくるもの
で、男性では前立腺がんとなって表れる」


と、あるカウンセリングの本に書いてあった。

日本の死因のトップは、まさに【がん】である。がん細胞自体、
どんな方でも毎日3000個くらい、出来ては消えてを繰り返している
と言われるほど、【ストレス】度合いによって左右されるもの。

がん細胞とは、通常細胞が突然変異で出来てしまう、いわゆる
【不良】細胞のことである。

子どもが不良化していくプロセスをみると、親や目上の方の理解度
の欠如から、子どもに過度のストレスが生じ、その反発によって
なされることが少なくない。

これと同様、細胞(心身)に対する理解度の欠如から、過度の負荷を
かけ過ぎた結果、不良と化した細胞が、【元に戻りたくて】次から次へ
と正常細胞を巻き込んでいく。

そして過度に増えてしまった不良細胞を叩き潰すというのが、多くの
現代医療の方針のようだ。しかし不良の子ども(ガン細胞)を一掃しても、
その根本原因を解決しない限りは、次から次へと発生することは当たり前の
原理だと誰でも理解できそうなものである。


ストレスの最たるもの、それが【怒り】である。

では、怒りはどのように発生するものなのか・・・

それが【許せない】【考えられない】【信じられない】という、ある一定
の価値基準から外れたコト・モノ・ヒトに触れたとき、自動的に湧く感情である。

その価値基準に厳密なほど、固定観念を持っていればいるほど、
また完璧主義を貫こうとすればするほど、その基準値が高ければ高いほど、
天子(こういうときは、とかく上から目線になる)の逆鱗に触れる、という
流れになってしまう。

つまり、よく聞く 『今どきの者は〜〜!』 という具合だ。


日本ほど、キチッとした国はない。外国に行くと、日本はなんていい国
なんだろう、安心できるし、いい人ばかり。と感じるのは、わたしが
日本人的価値基準という【ものさし】を持っているからであろう。

なのになぜ、ストレス度満杯を証明するかのように【がん患者】が増え続け、
精神的ストレスに耐え切れなくなった最終結論のように【自殺者】の数が
世界のトップレベルにあるのであろうか?

答えは明瞭。


「いい人のフリをしないといけないから」

ではないだろうか。自己防衛のために、無意識的にそうしてしまう。
その仮面をホンモノのように錯覚し、自覚症状が薄い。

あまりにも “モラル、規則、人として、普通は” という枠組みがありすぎる
日本に、外国からの単なる観光客は【いい国、いい人】という印象を受ける
かもしれないが、いざ暮らしてみると、がんじがらめの窮屈さに気づくかも
しれない。

実際問題として、日本人ですら逃げ出したいと、「ひきこもり・ニート
海外での “外こもり” ・うつ病・自殺」が顕著である。

なにも、そのモラルや価値基準がよくない、と言っているのではない。
人にはそれぞれの基準値があるので、自己基準と違うヒト・モノ・コトを
目の前にしたときの対応の仕方を考える必要があると言いたいのである

通常の価値基準は、「何をしている(した)、何を持っている(達成した)」
という、【行動と所有】に焦点が当てられているものが少なくない。

その範囲内でない人は、【存在】そのものすら否定される目に遭う。
つまり【『Be : Do : Have』Be】が欠如、
もしくはごちゃ混ぜにされているように感じる。

その結果、『ゴミを正月だす人=アホな人』 のように 『Do(行動)=Be(存在)』
となっている。また、ロンドンでの電車での行為を【モラルの低さ】とみるか、
【解放的】と捉えるかは、見る人のフィルター次第である。その基準値の最大値
がその国・地域の基準になる。

行動・所有においての価値基準の違いから違和感を覚えたなら、その行為に
不安と不満があるということは伝えても、【怒り】として伝えてしまうと、
自分は正しく、他は間違っている=他の否定、ということになりやすい。

しかしその【怒り】を我慢し、抑えこむと上記のように【がん】に発展する
怖れがあるから要注意である。

だから、バンガロールのカウンセリングセンターでは、今まで間違った感情の
取り扱い方をしてきた精神的疾患を抱える若者たちに、すべての感情は、
抑えなくてもいい、ただし、出し方に配慮するよう、そのやり方を訓練している。

http://giving-hands.jp/asvpv.html

また、つい怒りが勃発してしまう習慣を作ってしまった、価値基準を徹底的に
吟味し直す、というやり方を取り入れ、『すべてはあなた自身の選択です』

【 It's your choice 】

という言葉が、1日何度も繰り返されている。

そろそろ、わたしたちも物質的価値(行動・所有)から精神的価値(存在)へと
基準値をシフトするために、外側においてそれに気づかせてくれる現象が、
【経済(物質の極み)の崩壊】という形で現されているのかもしれない。


これからの時代は “存在とは何か” つまり目に見えない
価値が問われるときだから。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


【モラル】という名の副作用 “怒り” その1

2009/01/02 14:08

「このボケ 正月からゴミだすな!」

新年の挨拶に、毎年参拝している神社に向かう道すがら、
路上に放り出されている2個のゴミ袋の脇に、この貼り紙が
張られていた。

20年前のわたしなら、「ほんっとにそうだよね!」と相槌
打ってそうだが、少し成長した今はこれを見て、

「この貼り紙の方、新年早々の【怒り】・・・大丈夫かしら」

と、少々心配になってしまった。


年末に、2ヶ月程ロンドンに行かれていた方と話す機会があった。
イギリスといえば、言わずもがな発展国。インドのような途上国とは
当然違う。しかしながら、その方の見てきたものというと

電車のなかで着替える人、踊って歌う人、携帯で話すなんてあたり前。
当然、アメリカ並みに自動販売機はない(中のお金が盗まれるから)。

「天下のロンドンで、あまりのモラルの低さに、ビックリしました〜」

というのが、彼女の感想だった。

ナンでもありのインド慣れしているわたしでも、ヨーロッパやアフリカ
での受け入れがたい【モラル】に直面すると、それを理解するまでには
時間を要するものである。


いったい、モラルって、なにを基準にしているのだろうか?


【Moral モラル】を訳すと、『道徳、倫理、品行、素行、教訓』とある。

つまり、その国、地域、文化、歴史のなかで培われる一定のルール
習慣ということだ。

そのルールに沿った生き方をしていれば、皆が心地よく、波風立てずに
気持ちよく暮らせるという基準なので、国限定、地域限定、その時代限定
という、まったくもって【相対的】なものといえる。

だから、それ以外の国民、地域、時代からみたら、【モラルの欠如】と
して描写されてしまうことも少なくない。

インドのオリッサ州に住むある民族では、一定期間、夫婦の男女を別の
夫婦と交換して生活する習慣がある。またある地域では、泊り客には夜、
奥さんを貸し出すことが【おもてなし】としてあるとも聞く。

こんな民族習慣特有のものと、【人として】という倫理、モラルは違う
と言う方もいるでしょうが、現場、現場でその行為に異論を唱える方が
いなければ、要は波風立たないということであろう。ただし、外では
通じないよ、ということを踏まえて。


だから、お正月早々にゴミを出した方には、その方の価値基準があって
そうしたが、それを“許せない”とする方からの攻撃に遭ってしまった
ということである。

そして、この【許せない】というのが曲者なのである。

つづく・・・
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


謹賀新年

2009/01/01 18:32
  明けましておめでとうございます。

  今年もよろしくお願い申し上げます。



激動のうちに始まった2009年ですが、なにかの予兆と受け止め、
この流れを冷静に見つめてゆきたいと思います。

画像

     年の瀬に我が家にやってきた、玄関を飾るプリザーブド・フラワー

毎年ヨーガの先生が作ってくださる、お正月にちなんだ飾り花。
今年のテーマは【稲穂】である。

画像


ギビング・ハンズの“農的生き方プロジェクト”の成功を祈って
丹精込めての作成だという。

黄金に輝く稲穂に秘められた可能性に、日本の未来の吉兆を感じながら、
この一年、また頑張りたいものである。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


マインドセット Mindset

2008/12/31 18:04
「ある問題を引き起こしたのと同じマインドセット(心のもち方、
思考の型)のままで、その問題を解決することはできない」


                      by アインシュタイン

例えば環境破壊という問題を引き起こしてしまったマインドセット
をそのままにして、ごみの分別やバイオ燃料だと言っている。

しかし、解決策であるはずの分別やバイオ燃料も、次々に
新しい問題を引き起こしているのが現状である。


では、どうしたらいいのか?

マインドセットそのものを変えるしかない。

小手先の手段ではなく、問題そのものを作り出している
【価値基準】を転換させるしかないのである。

それは個人の問題も、しかり。

もし、同じ問題をいつも繰り返していると感じたなら、
次に行く前に、自己のマイドセットをリセットする必要が
あるのではないだろうか?

2008年も本日で終了する。明日からの新年を皮切りに、
マインドセットを切り替えて、あらたなステップを歩み
たいものである。


本年は、ギビング・ハンズをご支援くださり、
誠にありがとうございました。


よいお年をお迎えください。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ハンク氏 出版プロジェクト 報告

2008/12/30 13:25
ASVのユニークなカウンセリング療法を支えるメソッドが、
着々と秘書のサポートのもとに進められている。

画像

                 原稿


ここ数年、定員25名のセンターが、12月訪問時には35名
となっており、4人部屋には6個のベッドが設置されていた。

まだまだ入寮予定者が、順番待ちで待機しているとのこと。
ここインドでも、日本同様メンタルケアーを必要とする人たち
が増え続けている。

画像

             ハンク氏とGHインディアのスタッフ


30年日本に住んでいたアメリカ人が、国に帰って一番驚いたことは
国民の4人にひとり(25%)が、何らかの精神疾患を抱えていると
いう事実だったと聞く。

今後GHでは、このカウンセリング・メソッドを活かしながら、
日本においては農業プロジェクトに着手しようと計画している。

来年早々にも、プロジェクトのご案内ができるよう鼓舞しながら、
今年の終わりを迎えようと思う。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


観念という枠組み その2

2008/12/30 00:14
いままで、年に何回も海外に出かけていくわたしを尻目に、
海外渡航の経験がない姉からは、「たまには、わたしもどこか
へ連れてってくれ〜」と、いつも訴えられていた。

「インドになら、いつでも連れて行ってあげるけど」

と言うのだが、わたしからいろんなインドの凄さ・大変さを
聞かされているがゆえに、“初海外”に、なにが起こるかわから
ないインドなんて遠慮しときますわ、という態度だった。

だが結果は、【初】がインドになってしまったので、息子に
生命保険証書の保管場所を伝えるなど、覚悟の渡印に
腹をくくったようだった。

・わかっているだろうが、毎日毎食【カレー】であること
・南インドのカレーは、めっちゃめちゃ辛いこと
・北インドの都会と違い、トイレ事情は、度肝を抜かれるほど悪いこと
・必ずといっていいほど、お腹を下すこと
・ホテルでは、シャワーのお湯は出たり出なかったりすること
・車は超ハイテク運転なので、落ち着いてなんて乗ってられないこと
・生水は決して口にしないこと



などを、行く前にとくとくと伝えた。また、わたしと一緒だと
超ハードスケジュールになるので、途中で休んだほうがいい
ことも付け加えた。


しかして、実際はどうだったか・・・


わたしが2〜3年かけてようやく慣れた激辛カレー味を、ナンの苦もなく
【おいしい】と舌鼓し、寺院でいただく聖水(といえども生水)なども、
普通は飲んだフリして手や頭に振りかけるのだが、それをも平気で
飲んでしまうほど、インド流に溶け込んでいた。

きっといつか【腹下し】の洗礼を受けるだろうと、ハラハラしながら、
見ていると、ある朝、げっそりした青白い顔で起きてきた。

やっぱり・・・と思いきや、その原因はカレーでも生水でもなく、
なんと【チャイ(ミルクティ)】に入っているミルクのようだった。

日本ではコーヒーや紅茶の類いはめったに摂らない彼女だが、
ここインドでは、どこに行ってもおもてなしには【チャイ】が出てくる。

はじめは無理しながら飲んでいたようだったが、この洗礼からは一切
摂ろうとはしなくなった。お陰でその後の【洗礼】は治まったようである。

逆にわたしが、一日何杯もチャイを飲んでいると、「カラダに悪い、
砂糖摂りすぎ、また飲むのか〜」などと、小うるさく注意される
ハメになってしまった。

実際問題、インド人のトップ病因は【糖尿病】である。これだけ大量に
甘いお茶を、暇さえあれば飲んでいるのだから、当然といえば当然である。

さすが最終日ごろには、【浄化】の熱でうなっていたが、上記のような
トイレやホテル事情は心配するほどでもなく、まったく予想だにして
いなかった【チャイ】だけが、衝撃だったというわけだ。

結果、休む暇なくわたしと同レベルの日程をこなしながらも、なには
ともあれ、生命保険を使わず帰ってこれたことで、【インド恐るべし】
という観念は、崩壊したことであろう。

人はあらかじめ情報をインプット(予言みたいに)しておくことで、
ある程度の心構えができるから、それほどの衝撃はないのだな、
ということが、今回の彼女の同行で確認することができた。

未知なる世界、未知なる未来、未知なる人物を予測することの賢さを
身につけることで、これからせまり来る大変革の時代をも、優雅に乗り
切りたいものである。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


観念という枠組み その1

2008/12/29 20:20
「マダム、子どもがあなたに食事をあげたいんだって〜」

外に並ぶ子どもたちにチャパティを給仕していたら、
インド人ガイドから、食堂に入るように促された。

なんのことか理解できないまま、ひとりの女の子の
もとに連れて行かれた。

するとその子は、自分のバナナの葉っぱ(南インドでは
お皿がわり)に施された食事をきれいに手で混ぜ、その手
でわたしの口に直接入れて食べさせたいというのだ!

「え? そんな・・・」

と、戸惑う暇もなく、今までにない初体験に硬直し、
なされるままに口を開けたのだった。その瞬間、150人
の子どもたちからいっせいに、歓迎の拍手がおこった。

画像



日本の皆様からあずかった中古衣類や文具を持参し、
南インドの孤児院に渡しに行ったとき、フリーミール
(食事の提供)も同時に行なった。

画像


画像


普段は「ごはんとカレー」くらいしか食していない子どもたちは、
チャパティやイッドゥリーという、めったに食べられないものを
目の前にして、こんな小さな身体のどこに入るのかと思うくらい、
たっくさんお替りをしていた。

画像


画像



学校や孤児院でのフリーミールは、渡印時に毎回行なう
ので、『食事をあげたい』といわれたとき、いつものように
バナナの葉っぱに子どもたちと同じ食事が給仕され、
一緒にいただくのかと思っていた。

それが、直接口に入れられるとは・・・

南インドでは誰しも、右手がスプーンやお箸の代わりを
なし、上手に食事をする。

こんなにインドに通っていながら、手づかみで食事をすること
にまったく慣れないわたしは、いつも【マイ・スプーン】を持参し、
どこで食事をするときにも困らないようにしている。

つまり、【自分】の手で直接食物を触るのにも抵抗がある
のに、【他人】の手で、しかも、その子が途中まで食した
ものをいただくことになるなんてと、一瞬動揺したのである。

しかし、同じように提供された姉は、平気でその子からの
食事を口にしていた。

わたしと違って、子ども二人と孫を育てている経験がある
からなのか、インドの習慣に随分馴染んでいた。

画像


つづく・・・
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


インドラ神の迷いごと その2

2008/12/25 14:10

「ヴェーダの聖典には、精神性を高めるためのさまざまな教えがある」

と、ガイドが得意の講義体勢で話してくれた。


1:Bramacharya(ブランマチャリヤ)

これはGuru kula vasa といって、子ども時代に親元から離れて
グル(霊性の先生)の下に送られ、ヴェーダ(聖典)を習得する段階。
いわゆるチベット僧が3歳くらいでゴンパ(僧院)に送られて出家修行
を行なうのと同じである。


2:Grahastha(グラハスタ)

ブランマチャリヤでヴェーダを習得した者は、いったん親元に帰される。
そして結婚して夫婦生活をし、子どもを育て上げていく過程である。


3:Vanaprastha(ワナプラスタ)

グラハスタにおいて子どもが成長し結婚したあとは、妻を伴なって
森に入り瞑想をすること。


4:Sanyasa(サンヤーサ)

最後の仕上げとして、ひとりで洞窟に入り瞑想していく過程のこと。


このようにヴェーダ聖典では、修行の段階が謳われている。

これでカチャナム寺院での話は、ちょうどワナプラスタのときの
妻を伴なった聖者だということがわかった。

チベット僧や、スリランカ・タイの僧(上座部)は、基本的に妻帯
しない(過去において妻帯していた聖者もいるが)ので、どうしても
インドの僧侶は、なぜ結婚しているのかという疑問が生じてしまう。

チベット、タイなどはカースト制がないので、誰でも出家し僧侶に
なれるが、インドではブラーミン(僧侶)になるにはブラーミン家
に生まれた者しかなれない。

すると、必然的に僧侶が僧侶をつくり出すしかないので、グラハスタ
を通過するようになっているのだと。

インドのカースト制度は、【差別的】という観点から賛否両論はあるが、
カルマ・ヨーガという考え方からみると、「与えられたことを淡々とこなす」
ところに精神的成長があるのだと捉え、意味深い。

つまり、何ごとにおいても不満を抱かず、その仕事を全うすること
に意義があるというわけだ。

チャリティ活動をしていると、まだ根強く残っているこのカースト制度
にぶち当たることが少なくない。貧困と低カースト層との関係は、
どうしても切っても切り離せないからである。

カースト制度が物質的な段階を示すとするなら、この精神性の4つの
段階は、修行者としての【精神的な段階】なのであろうか。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


インドラ神の迷いごと  その1

2008/12/25 03:50

Kachanam (カチャナム)という南インドの寺院を訪れた。

ここは、過去世で積んでしまった【悪業】の浄化に、
もっとも適した寺院だと聞く。

壁画には、寺院にまるわる物語が描かれていた。


インドラ神(帝釈天)がある日、森を見渡していると、
洞窟で瞑想をしている聖者を見かけた。すると、その聖者
の連れである奥さんがたいへん美しく、まだ若干の煩悩を
有していたインドラ神は、その奥さんがたまらなく欲しく
なってしまった。

そこで神であるインドラは、神力を使ってカラスと化し、
夜中に洞窟の外でわざと鳴いてみた。

その鳴き声を聞いた聖者は、いつもの朝がやってきたと
勘違いし、洞窟の外に出たのだった。

すると、どうもまわりの様子がおかしいことに気づいた。
草木は眠った状態で、湖も穏やかである。

そこで聖者は、湖畔にて瞑想することにした。

この瞑想により、一連の出来事がすべてインドラ神の仕業
だと判明したので、急いで洞窟へ引き返した。

夫である聖者が戻ってきたことを察したインドラ神は、
次は猫に化けて、あわてて洞窟から逃げ去った。

しかし、この悪業によりインドラ神は、未来永劫にわたり、
周囲から嫉妬・誹謗・中傷・裏切りに遭うカルマを
背負うことになると、聖者から予言されてしまった。

それを知ったインドラ神は、ハタと目が覚め改心し、
この悪業を取り除くため、3ヶ月間に渡りシヴァ神に
プージャ(儀式)を施し、懇願し続けた。

プージャ終了後インドラ神は、砂で造った【シヴァ・リンガ】
を手のひらで押して壊そうとしたが、いっこうに崩れなかった。

なぜなら、今後インドラ神のように【無智】な行為による
悪業をなした者の救済手段として、このリンガを残すこと
にしたという、シヴァ神の慈悲が働いたからである。


実際、ここの寺院のシヴァ・リンガには、手のひらの型が
残っていた。

画像



この物語を聞いていて、

「ん〜 なぜ聖者なのに【妻】を伴なって洞窟で瞑想=修行
などしていたのか?」

という疑問がわいた。なぜなら、一般的に聖者とは、森で
ひとりになって修行をする、というイメージだったから。

「いい質問だ! それは、精神性を高めるには段階があるんだよ」

と、ガイドが聖なる4つの精神性の段階を説明してくれた。

つづく・・・

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


たかが【弁当】、されど【弁当】

2008/12/24 20:44
「ちゃんと列をつくって並んでぇ〜!!」

張り裂けんばかりの声で叫びながら、怒涛のごとく押し寄せてくる
人だかりと対峙しながら、どうしたらいいか途方に暮れてしまった。

聖なる山の巡礼時に、200人分のお弁当を無償で人々に配る
計画があった。

この場所ではよく、サドゥー(修行者)やストリート・チルドレンに
フリーミール(無料の食事)を行なっているのだが、今回は特別
の祭典日。30万人のなかで執り行うのは初めてである。

まず、この時期の宿と食事代は、いつもの10倍を要求される。
その高需要のなかで、200食分のお弁当つくりを快諾してくれる
食堂をさがす作業から始まった。

ようやく見つかった食堂に朝一で、ガイドをはじめとするタクシー
ドライバー、ガイドの知人家族総出で駆けつけ、お弁当づくりに勤しんだ。

画像



出来上がったお弁当を入れたダンボール箱を、人々が巡礼している場
に運び込んだ。と、その途端、複数の手がその箱の中に集まってきた。

こちらがまだ配ろうとする体勢前に、お弁当を両手で数個奪っていく
子どもまでがいた。

画像



唖然としている暇もなく、しかし上記のごとく叫んでみてもいっこうに
状況は変わらない。そもそも英語が理解できないのかもしれないが、
それにしても、わたしが全身全霊で髪を振り乱しながら叫んでいる
様子から、なにを言わんとしているかは理解できたはず。

ただ、誰ひとりとして手を引っ込める者などいないどころか、
ほっとけば将棋だおしのように、お弁当めざしてダンボール箱
に畳み込んでくるのだった。

頼りのガイドといえば、路上に置いたダンボール箱からお弁当を
守るために、箱に覆いかぶさっているだけで、この一大事になんの
誘導もしてくれない。

場所を移したところで、そのまま群集が一緒に移動してくるだけで、
埒があかない。もうここでの施しはムリだと判断し、タクシー乗り場
まで戻り、フリーミールの場所を変えることにした。

すると、タクシーのそばにちょうど警察官が立っていたので、人々
の誘導を依頼してみた。

乗り場まで移動してもずっとついてきた、ほぼ暴徒と化した群衆も、
さすが警官の前ではおとなしく列を作って順番に並んでくれた。

こうして、ようやく喉は涸れ汗まみれになりながらも、アッという間
に200食分を配り終えることができた。

ムンバイ・テロがあったことで、インドのあちらこちらに警官が配置
されている。皮肉にもそのおかげで、【フリーミール・テロ】の防御
をも果たしてくれたということになる。

それにしても、こちらの善意に対するこのような【テロ】まがいの行為に
悲しくなり、お弁当を強奪していった子どもを追いかけ、返してもらった。

「欲しい場合はちゃんと正規の手続きをとるように」と伝えようと思ったが、
彼らにしてみたら、そんな悠長なことをしていたら、ありつけるものにも
ありつけなくなることを、きっと嫌というほど経験しているに違いない。

ひと息ついたところでガイドに、このような状況を想定したうえでの場所
選びができなかったものかと問い詰めた。すると

「まさか、こんな状況になるとは思いもしなかったよ〜」

との返事。同じインド人でさえ想像もつかないほどの激しい貪欲さに
【たかが弁当、されど弁当】の重みがひしひしと伝わってきた。

日本でも最近、生活保護が受けられずに餓死した50代の男性の
最後に発した言葉が

「 【おにぎり】 食いたい」

だったと聞く。

インドで起こっている貧困=飢餓は、なにも遠い国の
出来事ではないのだと、今回のお弁当騒ぎで痛感させられた。

画像



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク